今日もあの子は扉を叩く

鍵谷悟

第1話 あの子は今日も扉を叩く

 ゴンゴン。

 築何年とも知れない古びたアパートの扉にノックの音が響く。

「来ましたよ、ゆかりさん」

「…いらっしゃい、きりたん」

 通っている小学校の帰りに、毎日、毎日きりたんは私の家の扉を開いていた。

「こんにちは、ゆかりさん」

 靴を脱いで部屋に上がるなり、きりたんは私の腕を掴む。

「今日も、遊びに来ちゃいました」

 少しうつむいていたかと思ったら、にへらと笑い顔を上げ、きりたんは私の腕を引いた。

「ああ、また散らかして…これじゃ私が遊べないじゃないですか」

 そう言って、きりたんはまず私の家の片づけを始める。

「窓も閉めたままで…こんなこもった空気じゃ病気になっちゃいますよ」

 今日は晴れている、窓も開けてきりたんはそこらにあったゴミをランドセルから取り出したごみ袋に突っ込んでいく。

 掃除といった方が正しいのかもしれない。

「……どうして?」

  シンクを洗剤でこすっていたきりたんの横に立った私のこぼした言葉に、きりたんは振り返る。

「どうして、って、何がですか?」

 困ったように首を傾げるきりたん。

 私が何も言わなくなると、困ったように笑ったまま、きりたんは掃除を続けた。

「よっし、片付けも終わりました、今日は何をしましょうか」

 きりたんはオセロや将棋ができるゲーム盤を取り出し、机に並べる。

「…今日は、オセロにしましょうか、負けませんよ」

 私が何も言わなかったからか、有無を言わせずきりたんはオセロの準備を始めた。


「おっと、そろそろ時間ですね」

 オセロをしていた中、ふときりたんが時計を見てパンと手を叩いた。

 もう時計は夕刻を指している。これ以上遅くなればきりたんは帰る前に日が落ち切ってしまう。

「……」

 何か言いたそうだったきりたんが、ふわりと私に抱き着いてくる。

「……きりたん?」

「すみません、なんでもありません。また、あ、明日」

 きりたんはそう言うと、そそくさと自分の荷物をまとめて、部屋を出て行った。


 翌日、小雨の降る中、昨日と同じようにきりたんは私の家に訪れた。

「雨、降ってるよ。きりたん」

 かっぱを脱ぎながら、きりたんは昨日と同じようににへらと笑った。

「ふふ…この程度の雨で私が遊びに来るのをやめるわけないじゃないですか」


 そのさらに翌日、昨日から降る雨は1日中勢いを弱めることなく、明らかな土砂降りとなっていた。

 風も吹いているようだ。台風でも来ているのだろうか?

 ガチャリ、バタンと扉を開けて急いで閉めたその場所に、今日も彼女がいた。

 いつも通りににへらと笑うきりたん。

「いやぁ、勘弁してほしいですね、台風が近づいてるみたいですよ。今日も台風で学校が休みだったんで来ちゃいました」

 きりたんはそう言って、昨日と同じようにかっぱを脱いだ。

「すみませんゆかりさん、タオル借りますね」

 そう言ってきりたんは玄関から入ってすぐにあるタオルを置いている棚に手を伸ばす。

 体を拭いて、きりたんは昨日と同じく掃除を始めていた。


 晴れの日も、雨の日も、雪の日も、嵐の日も、学校が臨時休校になっても。

 きりたんは毎日必ず私の家に訪ねてきていた。

「きりたん、毎日私のとこに来て、イタコさんもずんこさんも心配しないの?」

 ある日、なんとなく口にした瞬間、きりたんは少し驚いた顔になった。

「大丈夫ですよ、姉さま達にもきちんと言ってますし、ちゃんと暗くなる前には帰ってるじゃないですか」

 そういえば、帰る時間はきちんと確認して遅くならないようにしていた。

 私なんかよりよっぽどしっかりしているのだ、この子は。

 私が心配するのも変な話なのだろうか。

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