第6話 物々しい春
はじまりの春。新生活を告げる春。光の春を過ぎ、音の春にうずうずし、そしてやってくる待望の気温の春。穴倉から這い出したるものどもは新たなドラマを求めて街へ、学校へ、職場へ、その辺の散歩へと思い思いの春を見つけに旅立ちいく。
そんな熊本市のとある住宅街——
砂場は雑草の菜園状態。乗り人知らずのシーソーは朽ちてボロボロ……。だがここには人を和ます春がある。公園の道路側を縁取るようにして桜の花が咲き誇っている。見事な景観の内側では幼子たちがキャッキャとはしゃいでいる。その親御さんらしきお嬢様方は今日も今日とて世間話に興じている。
かと思うと、公園のはす向かいには道路を挟んでごみステーションが。回収ボックスも防護ネットもなく、コンクリートで固められたフロアの縁に、コンクリートブロックを積み上げてどうにかステーション風の体裁を取り繕っているだけ。そこにこんもりとなま臭い残骸が積み上がっている。案の定、カラスと野良ネコが今まさに春の物取り合戦の
——と、そんな平和と緊張の中央線上へ、場違いともいえる奴らが現れた。
黒塗りのバン。そいつが公園の桜の木の脇にキュッと無駄に急ブレーキを決めた瞬間、猫は頭上へすっ飛び、カラスはアーッと叫んで大空へ。公園側で世間話に興じていたお姉さま連中は口を噤み、子供だけは相変わらず雑草を引っこ抜いては投げて遊んでいる。
バンの中から黒服の男たちが雪崩のように飛び出して来た。それからすぐ、班長と思しき男がバンの背後に立ち「
黒スーツにサングラスと、まるで某番組のハンターを
それから即点呼。
——1! 2! 3! 4!
と、軍隊顔負けの威勢を飛ばし、その中から一名が前に進み出て「以上四名欠員なし!」と完了を告げるや否や敬礼をした。
班長が「よし!」と叫び、それからすぐ「休め!」の号令が。
そんな妙なこわもて連中の様を見て
童たちは鼻を垂らして感嘆の眼差しを向けている。
——と、班長はすばやく
「ご歓談を中断させてしまったことをお
キラリと
班長は何事もなかったかのように再び班員たちを
「貴様ら! 本日の任務内容は承知しているな⁉」
「オス!」と一斉に男どもが叫ぶ。
「では貴様!」と言って隊長は一人を指さした。「任務内容を言ってみろ!」
「はっ!」と合図を返したのはちょっぴり出っ腹の男。班唯一の中年にして太々しい面構えの男ではあるが、彼は勇ましく叫んだ。「本日、一一〇〇より、
「特定に際する手段は⁉」
「機器の使用及び近隣住民への聞き込みであります!」
「その通りだ! 終了予定は⁉」
「一五〇〇であります!」
「貴様の担当範囲は⁉」
「
「よし! では次——装備一式、揃っているか確認!」
男どもは素早く自身の装備品を確認するや、問題なしと一斉に班長へ合図を返した。
「よし! では現在時刻確認!」
男どもの視線が一斉に自身の腕時計へ集中——。
「
「一〇五九! 任務開始まで残り三十三秒切りました!」
「よし! では所定時間に達し次第スタート。漏電個所を特定次第すぐに報告。そのほか気になる情報を入手した場合も
「オス!」と男どもの気迫がビリビリと伝う。
それからの暫しの静寂と硬直……。まるで荒野のガンマン同士の睨み合いが今この場で演じられているかのような妙な緊張感が
「かかれ!」
黒服どもは班長を残してあっという間に
ざわつく奥様方のひそひそ話が聞こえてくる。
——何なのかしら? ——番組の撮影? ——逃走中のリハーサルよきっと。
——こんなところで? ——自衛隊じゃないの?
——そもそも、あの人たちカタギかしら。
——日本赤軍の残党じゃない?
——やだコワイ。何かあったらどうしようかしら……。
すると班長の目がめざとく光る。笑顔を取り繕い、ご婦人方に再度向かって素早く言った。
「お騒がせして申し訳ございません! これも都市の安全を守るためですので、どうかご理解とご協力のほどをお願い致します!」
出来過ぎなほどのスマイル。眩むような白い歯。爽やかすぎるサムズアップ。——だがやっぱり
散開した班員の一人、ちょっぴり出っ腹の男は、トランシーバーのごとき特殊な
「なぜこのワシが、あんな
歳のほどはとっくに四十を過ぎているだろう。かつては特殊部隊の長であり、部長とも呼ばれていた男。
「なぜワシが、ペーペーの隊員に交じって、こんな
大きな
「ワシは
そうして
「そもそも今頃調べて何になろうか! 異常観測時に即調査に赴かねば特定などできようはずもなしっ! ド田舎のド辺境支部など無能ぞろいもいいところぉぉ!」
出っ腹の男の怒りが
「無能な査問委員会めぇぇ! ワシを熊本支部なぞに飛ばしよってぇぇぇ! いつまで地方を転々とさせるつもりなのだぁぁ! 許さぬぞぉぉ! 許さぬぅぅ! 絶ぇぇっ対に許さんぞぉぉぉ!」
呪いを吐きながらの乱心。ついにはお宅のインターフォンを乱打し始めた。一軒だけでは治まらず、さらに次のお宅、次のお宅へと飛び火のごくインターフォンを突っつき渡り、もはやピンポンダッシュの渡り鬼に。
「ぬぅあぁぁぁ! これというのもすべて! あいつが悪い! あいつだぁぁ! へたれっ面のあの疫病神があぁぁ! あやつがワシの部隊に配属されたが故にぃぃぃ!」
かつての部長はやっとこさ足を止めた。わなわな打ち震えながら仁王立ちし、お天道様を睨み上げるや否やがっぷり口をあけ放った。
「きぃりがくれぇぇすぅわぁぁぁぁいぞぉぉぉ!」
その呪わしい声は宇宙にまで達したかもしれない。町内中どころか熊本市内の広範囲にまで響き渡ったというのだから。
さて、かつての部長の愚痴はともかくも、彼らはとある調査に赴いていた。それは
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