君を、夏ごと消してしまいたい。

木風麦

【1】

 君を初めて見かけたのは、祖父母の家に家族で訪れていた夏だった。

 君と初めて会話をしたのも、夏だった。君と喧嘩したのも、笑ったのも、泣いたのも、全て夏だった。

 夏は私にとって、キラキラと輝く季節だ。

 とても暑いのに、嫌いじゃなくて、むしろ居心地がいい。

 君がそばに居るだけで、時の流れが加速する。


――夏が一瞬で終わってしまう。




***




 ボロボロで、神様なんかもう住んでいなさそうな神社の縁側に腰掛けながら、私は空を仰いだ。

「……暑いのやだなぁ」

 ソーダ味の棒アイスを舌先で弄びながら、私は小さく呟いた。

 麦わら帽子を被っていても、日差しが当たらなくても、夏は外に出るだけで倒れそうなくらい暑い。


――それなのに。


「もやしっ子。そんなこと言ってるからガリガリでひょろひょろで色白なんだよ」

 焼けた肌を肩まで晒したは、元気にバスケットボールを手に走り回っている。

 色白って悪口だっけ、という疑問が頭をよぎるも、まあいいかとすぐに考えることを放棄する。

「仕方ないじゃん。私はあんたと違って身体が弱いのよ」

 ふん、とそっぽを向き、まだ残っているアイスをしゃくりとかじる。

 キンとした冷たさと、ソーダの爽やかな風味が私の舌を満足させる。

「ね、だから建物の中いこうよ」

 ぺろりと残された棒を舐めながら誘うと、あいつ――柴嶺しばみねりょうは渋い顔をして、不満を口から漏らす。

「子供は外で元気に遊べよー」

 昔からよく言われる口癖に、「だ・か・ら!」と腰を上げる。

「誰もがあんたみたいに体力お化けじゃないの!」

 人差し指を涼の鼻先に突きつけ、私は言い張った。

「わかったわかった……じゃ、いつものとこでいいよな」

 頭を掻きながら、涼は「ホレ」と背を向けた。

「なによ」

 と、首をかしげる私に、涼は眉を寄せた。

「お前、下まで歩けねえだろ。おぶってやるから乗れ」

 ストンと膝を落とす涼を前に、私の頬は熱を帯びる。

「ば、馬鹿にしないで!そんくらいの体力残ってるわよ!」

 ハズレの棒を片手に、私は山道を先に降り始める。

「いや体力じゃなくて……いいから、大人しく背中のれー」

 と、後ろから声が聞こえる。

 馬鹿じゃないの。

 一応もう小学校五年生なんだけど。

 涼にとっては何でもないことでも、私にとっては大ごとなのに。

 怒りで頭が熱くなる。心なしか、視界もぼんやりしている気がする。


 気づいた時には、もう遅かった。


 体の自由が奪われ、かくんと足が地べたにつく。続いて腕、頭と地面に叩きつけられてしまう。そう思った。

 だが、私の体に大きな衝撃はこなかった。

「……ったく。だからおぶるっつったのに」

 暗い視界に、ぶつぶつと文句を垂れる彼の声が聞こえる。

 私の腕を掴み、私の足以外の部分が地面に崩れ落ちるのを助けてくれたようだ。


――また、助けられてしまった。


 意識が遠のく中、私は涼の背に頭を預けて目を閉じた。




***




 気が付いた時には、もう家だった。

「目が覚めた?もう夜よ。また倒れちゃったんですってね」

 母が隣で心配そうに私の頭を撫でた。

 私は重度の貧血らしく、倒れやすい。

 自分でも、自分の限界がわからずにはしゃいで倒れることが多い。

「涼くんがまた運んでくれたのよ」

 お粥を温めなおしながら母は笑う。

「彼、いい子ねえ」

 母の呟きに、私は「しってるし」と小さく返した。

 母のお粥をお盆ごと膝に乗せ、れんげをつかって一匙すくう。

 卵の優しい風味が口に広がる。

 もう一口すくって食べようとすると、コロンとれんげが手から滑り落ちた。

香夜かよ!?」

 母親が駆け寄ってきても、私はいつもみたいに笑えなかった。

 だんだん、母親の顔が真っ青になっていくのが見て取れた。


 そりゃ、そうか。

 私だって驚いた。


 自分の口から、大量の血がでてきたのだ。


 到底信じられなかった。


「救急車!呼んだからね!大丈夫だからね!」

 母は笑顔で、血まみれの手を握ってくれた。

 その手は震えていたのに、ひんやりしていたのに、どこか温かかった。

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