風薫國綺譚 ~遅刻した勇者様、魔物世界で国造り~

鯖野 缶太

序章 事の起こりと異世界転生

第1話 ありふれた終わり

 そこは、ある地方都市の病院の一室。

 白で統一された、清潔な、けれど温かみなどまるで感じられない無機質な部屋の中で。

 ひとりの老人が、今まさに、その人生に幕を降ろそうとしていた―――。 


 …。

 ……。

 ………。


 ―――『わたし』は、飾り気の無い蛍光灯に、自分の掌をかざしてみる。 


 久しぶりに眺めた自分の掌は「これが本当に自分の身体の一部なのか」と疑いたくなるほど、酷い見た目をしていた。


 ―――まるで、枯れ枝のようじゃないか。


 思わず、笑い声を上げてしまう。

「……ひゅ、」

 どこかから、立て付けの悪い窓から吹く隙間風のような音が聞こえた。

 ……少し遅れてから、それが、自分の喉から漏れた笑い声だと気づく。


 ―――本当に、酷い有り様だな。

 もはや笑うのすら覚束ないのが分かったので、わたしは身体を動かすことを諦めた。


 白いシーツに包まれたベッド。

 周囲には複数の点滴液のパックがぶら下がり、枕元には仰々しい機械類が静かに鎮座している。

 中央には痩せ細った老人が、独り。

 時折、血と黄痰混じりの咳を吐きながら、弱々しく横たわっている。


 ……言うまでもないかもしれないが、それが、このわたし。


 わたしの死因(予定)は老衰である。

 ちなみに、事故にあったとか、死病にかかったとか、そういうドラマチックな原因はない。

 『ふつうに』死ぬところである。


 ―――死というのは、まあ、当たり前の話なのだけれど……。

 一人一回限り、人生一度きりの体験ではあるが、毎日、世界のどこかで起きていて、そのことを客観的に見るならば、そこまで珍しくもない現象だ。


 それは、ある意味ではありふれた、世界のどこかで毎日繰り返される、生命(いのち)の終着点の光景だった。


 …。


 ―――<死ぬということは、身を切るほどつらいものだが、それに増して…生きた実感がないまま死なねばならないと思うことは耐え難い>。


 そんな言葉を著書に残したのは、たしかフロイトだっただろうか?

 ……ああ、いや、それともフロムだったか。

 いざ、その身に迫ってくると……なるほど。

 その通り過ぎて、言葉もない。

 

 ―――そうして嫌々ながら死を受け入れてみれば、過ぎ去りし日々の走馬灯がよぎりはじめる。


 もう、何をすることも出来ないわたしは、自身の走馬灯の上映に意識を委ねることにした。

 自分の生の集大成を眺めて、いざ死出の旅路へと向かわん、と。


 …。

 ……。

 ………あー。


 ――――――何ということだろう。

 いざ、終生のエンドコンテンツ(文字通りの意味)として臨んだこの走馬灯。


 思った以上につまらない。

 つまらな過ぎた。

 ……衝撃のお知らせであった。

 自身のプロデュースという贔屓目で見たにしても、あまりに酷い。

 …いや、冷静に考えれば、素人の編集したホームビデオみたいなもんだから、そりゃあ粗は目立つだろうが……。


 走馬灯とはつまるところ、自分の人生を要約した、人生のダイジェスト映画だ。

 ネタ元の人生に観るべきところがなければ、畢竟、面白くなるべくもないか。

 なるほど。


 その映画は、

 起承転結は守られておらず。

 大した見所が無く。

 ヤマも無ければオチも無い。


 ポップコーン投げつけたくなるレベルのつまらなさ。

 こんなものロードショーで公開した日には、初日で閑古鳥必至の最速上映打ち切りコースなのは間違いないだろう。

 ……はぁ。本当に、ひどい。

 まだ代わりにB級映画でも流してくれたほうがよかった。サメでもゾンビでもトマトでもコンド〇ムでもいい。

 まだマシだ。


 退屈な自らの走馬灯に見切りをつけたわたしは、やっとの思いで、視線だけを動かす。

 そして、最期に、わたしの終の棲家となってしまった病室を眺める。


 殺風景な病室。

 あるのは一脚のパイプ椅子と備え付けの床頭台。あとは点滴やら心電図を映す機器やら。

 見舞いの品が台に載ったことは一度もなく、臨終に立ち会う親族はおろか、見舞いにやって来た人間すら片手で数えられるくらいだ。

 ベッドの傍らでは、神経質そうな中年医師とダルそうな看護婦が、腕時計と心電図に視線を交互にやっている。


 ……ああ、これはアレだ。「〇〇時〇〇分、ご臨終です」とか言う光景か。

 ドラマで見たことあるぞ。

 ……今際の際も、走馬灯視聴後まで至ると、もう逆に完全に他人事になるらしい。

 

 なるほど。

 ホントにやるんだなあ、あれ。へー。


 ―――まぁ、それは別にいいんだが……。


 心電図見ている看護婦のほう。

 すごい軽い感じで「あ、もうちょいです」とか言うのやめてほしいな。

 いや、軽すぎだろう?


 何がもうちょいなの? 心電図がピーッってなっちゃうアレかな? もしかしてデッドライン一本線間近なの?


 事実だとしても、聞いてる本人けっこうショックでビビる。「あ、脈拍跳ねました今」うっさいわ見ないでよ恥ずかしい。


 あと医師のほう。

 頻繁に時計見ながらイライラした感じでこっち睨むのやめてくれないか?

 なんなの? 今夜予定あるの? 定時で帰りたいの?

 なんか申し訳なくなるよね。

 ラストオーダーで客が食べきれない量注文して閉店時間来ちゃった時の店員みたいなオーラ感じる。

 いやホント心配しなくていいよ、なんかもうちょいらしいし。少し我慢してくれない?


 やがて、意識がぼやけて泡が弾けるように崩れていく。

 ―――ああ、本当に。

 これが最期か、とわたしは悟り、ゆっくりと目を閉じた。


 …。


 まぁ、思うところが無いわけではない。

 ―――わたしはいったい、その人生を賭けて何をしていたんだろうなあ、と。


 『つまらない人生だった』

   

 最期に振り返って、ただ一言で事足りてしまうような生き様に、果たして何の意味があったのか、と。

 人生の終わりに、B級サメ映画にも劣る走馬灯しか流せない配給力の無さは、どうにかならなかったのか、と。

 …………うーん、いや、ふつーに考えてサメ映画に勝てる走馬灯流せる人間そうそう居ないよねサメ映画舐めすぎてるわコレ。ゴメン取り消す。


 ぐぅ、と嗚咽のような、獣の唸り声のような声が喉奥から漏れた。

 ―――それは、なけなしの最期の力を振り絞った、後悔に塗れた愚者の断末魔だ。


 ―――思う。

 ―――意味が、ほしかった。

 ―――生きる意味が、ほしかった。

 ―――人生を生きて、生き抜いて、そして最期に誇れる「自分が自分である理由」が、ほしかった。


 ―――願う。

 祈る。

 乞う。


 ―――渇望する。

 人生において、一度も頼らなかった神に。仏に。それらの座する、お天道様に。


 ―――なあ、カミサマよ。

 ―――どこに居るかもわからない、超越存在(カミサマ)よ。


 ―――せめて、最期に。

 ―――示してくれ。

 ―――もしも、世界に意味があるならば。

 ―――もしも、わたしの人生に意味があるならば。

 未来と、可能性を。

 そんなものがこの世にあるのだと、示してくれ。


 …それだけでいい。

 …それが、わたしが手に入れられるものでなくとも構わない。

 ただ、それは望めばきっと手に入れることができるものなのだと。


 見たかった。見せてほしかった。

 ………見たい。

 ―――あぁ、私は、それを、………見たい!


 世界に遍く、無限の未来と、無限の可能性を。

 理想と、成功と、達成を。

 『生きる意義』は、諦めなければ、誰にだって掴み取れるものなのだと。


 それを示してくれるなら。

 もし、次があるならば。


 私は、渇望する―――!


 わたしはきっと諦めない。

 今度こそ、諦めない。


 だから、どうか。

 どうか、わたしに


 …

 ………

 ……………。



 ―――おぎゃあ、おぎゃあ。


 どこか遠くから、赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 

 ―――おぎゃあ、おぎゃあ。


 ……朦朧としていた意識が、だんだん覚醒へと向かっていく。

 泣き声は、相変わらず続いている。

 遠くから響いているのかと思ったが、意識が明瞭になるのにしたがって、その泣き声もはっきりしてくる。


 ―――おぎゃあ、おぎゃあ。


 泣き声の主は随分近くにいるらしい。

 その姿を見ようと首を巡らせるも、視界はぼやけて、良く見えない。

 眩いばかりの光が目に痛い。

 随分と明るい場所にいるのだろうか?

 ぎゅっと目を凝らそうとしてみるが、焦点を結ぼうとしてもうまくいかない。

 

(…はて、何故だろう?

 ………あぁ、老眼だものな。眼鏡は枕元にあったか)


 腕を動かそうとして………やはり、うまくいかない。

 身体も起こせなかった。力が入らないのだ。

 随分と身体を動かすのがだるい。

 そもそも、身体がまるでいう事をきいてくれない。まるで、慣れない乗り物を動かすようなもどかしさがある。


「―――っ、―――っ!?」


 しばらくして、今度は泣き声以外の声が響いた。

 言葉の意味は理解できず、聞き慣れた日本語ではない。


「―――! ―――!」


 英語は得意でないし、それ以外の言語も当然さっぱりだから、何を言っているのか理解できない。

 もしかして赤ん坊の親か、それとも親族か?

 あぁ、助かった。

 流石にこうも至近距離で泣き続けられると、こちらとしてもうんざりとしてきていたところだ。


「―――」


 ぬっと、視界に影が差す。

 おや?と思った時には、身体が浮き上がる感覚を感じていた。

 ぼやけていても、視界が変わったのがわかった。

 違う。私じゃない。

 普通に考えて、まずは泣いている赤ん坊をどうにかするのが先だろうに。

 そう指摘しようにも、口が満足に動かない。

 あ、ば、ば、など、意味のない言葉しか紡げない。


 ―――おや? なんか変だぞ……?


 そこに至って、私は自分の身体に起きている異変に気付く。

 身体が満足に動かせない。

 視界がぼやけて殆ど何も見えない。

 言葉も喋れない。

 そして、すぐ近く。まるで耳元から聞こえてくる、赤ん坊の泣き声。

 いや、もしかしたらこれは、耳元から聞こえてくるのではなく……自分の泣き声なのか?

 そして、視界一杯に広がる、しわくちゃの老婆の顔。

 ぼんやりとした輪郭しか把握できない今の視力でも、顔を認識できるような至近距離に、老婆の顔が近付いていた。

 

 うっすらと、私は状況を理解する。

 私は今、この老婆に抱き上げられているらしい。


「だ、だ。あば、ば」

 精一杯の驚きを込めて、言葉にして伝えようと試みるが、出てくるのは意味不明の言葉のみ。

 ―――やはり……さっきの泣き声をあげていたのは私だったのか。


 私の身体は、どういうわけか赤ん坊になってしまっているらしい。

 …。

 ………えぇ?

 ナニコレ?


 わたしが混乱しているうちに、老婆はひどく興奮した様子でこちらの様子を観察していたが、やがてわたしの顔を見つめながら、涙を流し始めた。


「―――。―――アァ、アァ……」


 なんだろう。

 わけが分からない。

 そもそも赤ん坊になっているこの状況が分からない事の極致だというのに、この老婆の心情など推し量るべくもない。

 推し量るべくもないが、それでも目の前で泣かれるのはすわりが悪い。


 …先ほどまで泣き叫んでいた身で言う事じゃないが、私は赤ん坊なのだから仕方がない。

 短くて扱い辛い両腕をどうにかこうにか持ち上げ、ぺし、ぺしと老婆の頬を叩く。

 何故泣いているかも分からないし、慰めにもならないかもしれないが、何もしないよりはマシだろう。

 すると老婆はびっくりしたのか、目を見開いてわたしの顔を見つめていた。

「―――!」

 視界が慣れてきたのか、すでに眼前の老婆の顔くらいなら判別できるくらいになっている。

 老婆の顔を改めて観察してみた。

 ―――老婆の顔は、彫りの深い、おおよそ日本人とは思えない顔立ちだった。

 鷲鼻というのだろうか、大きめの鼻に、色褪せてはいるけれど手入れのよく行き届いた銀髪、瞳の色は奇麗な碧眼だった。


 ふむ。

 このメチャクチャ泣いている老婆は何者だろうか?

 この状況はどういうことだ?

 なんで私は赤ん坊になっているのだろう?


「あば、ばぶ、ぶ」(ぺし、ぺし)


 何がどうなっているのか、さっぱりわからない。

 疑問は後から後から湧いてくる。

 疑問だらけで自分の状況はさっぱりわからないので、私はとりあえず、赤ん坊の身として、為すべき事を実行した。

 ―――ちょろろろろろ……。

 すなわち………排泄(小)と、それを伝える、泣き叫ぶ行為である。

 ………あー、すまない、名も知らない老婆よ。

 後始末は任せた。



 目覚めた当初は、ゴツゴツとした固い床に寝ていた私は、老婆によって直ちに丁重に運ばれ、慌ただしい準備ののちに整えられたベビーベッドに寝かされていた。


 運ばれたのは、おそらくは老婆の家だろう。

 目が慣れたのか、少しは周囲を観察することが出来るようになっていた。


 ―――自分の身が赤ん坊になって、数日が経過した。

 この時点で私は、自分が年老いた老人から赤ん坊になっている事実を、どうにかこうにか受け入れようとしていた。

 まぁ、現実的な話としては、受け入れるしか選択肢がないともいうが。

 暴発ののち布オムツを完全装着されたうえ、満足に手足も動かせないとなれば、否が応にも自らの境遇を受け入れざるを得ない。

 とにかく、今の私はシモの処理ひとつ満足にできない赤ちゃんだ。オーケー?

 …オーケー。受け入れた。

 納得は出来ないけど、何とか呑み込んだぞ。よし。


 ―――とまぁ、そんな葛藤をしつつ、まず、自分の置かれている状況の把握に努める。


 最初に出会った老婆がひどく驚いていた様子だったから、薄々分かってはいたが。

 私はどうも、老婆たちにとっては予期しない客であったようだ。

 老婆は私を家まで運んだあと、大慌てで私の寝るスペースを確保した。

 数日経ったが、今も慌ただしく家の中を駆け巡っている。

 その様子からして、私の来訪が、かなりイレギュラーであったのは容易に想像できた。


「……」♪カラコロ、カラコロ♪

「………」


 ……なお、『老婆たち』という複数形なのは、だだいま私の至近距離で不愛想な表情で玩具―――カラコロと小気味良い音を鳴らす、打ち出の小槌のような玩具だ―――を振る、この老爺を含めているからだ。

 老婆と同じ、銀の髪で彫りの深い顔立ちに大きめの鼻。

 この老爺はわたしが出会った二人目の人間になる。


「……」♪カラコロ、カラコロ♪


 小気味良い音を鳴らす玩具を挟み対峙する、じじい(怖い顔)と赤ちゃん(無表情)。


 ……実は。

 かれこれ一時間、この謎の膠着状態が続いている。


 老婆が慌ただしく立ち働いているのとは対照的だが、えてして家庭における男というのは忙しければ忙しいほど役に立たなくなる生き物である。

 運び込まれた私を見て、その想定外の事態にただひたすらアワアワしていたこの老爺は、早々に老婆から戦力外認定を受けて、今は私のご機嫌取りに終始している次第であった。


 老爺から漂う、そこはかとない哀愁がせつない。

 がんばれおじいちゃん。……いや私もおじいちゃんだけれども。中身は。

 

 ちなみにこの老爺、玩具でわたしのことをあやそうとしているのは伝わるのだが、いかんせん顔がとても怖……もとい、迫力があって、笑うに笑えない。

 なんというか、無駄に圧がすごいのだこの爺さん。絶対カタギじゃないだろうこの人。


「……」♪カラコロ、カラコロ♪

「………」


 そんな恐ろしいプレッシャー放ちながらカラコロカラコロ♪されても笑えないんだスマナイ。

 まさか赤ちゃんが愛想笑いをするわけにもいかないため、自然、無表情での対応だ。

 気を抜いたら斬られる。

 どこかそんな切羽詰まった空気すら漂う真剣勝負の空間が、静かに醸成されていた。

 超、シュール。

 あー、あー。

 名前も知らない老婆よ、助けて。


 ……そうして謎のにらめっこをしていると、老婆がやってきたのが気配でわかる。

 手には沢山の布が入った籠を持っているところを見れば、布おむつの替えを用意していたようだ。いやはや、手数をお掛けして申し訳ない。


「―――? ―――っ」


 老婆が穏やかに、苦笑混じりの表情で窘めるように言葉をかけると、渋々(?)、老爺は私をあやすのを止める。

 ……ふぅ。正直、助かった。

 

 ちょうどその時。

 遠くから、何か甲高い駆動音のような音が聞こえてきた。


 開け放ったままのドアから、やがて『それ』が姿を現す。

 それは一言でいえば、まさしく『ロボット』というような造形をした何かだった。


 人間の若い女性に似たフォルムをしているが、肌は薄桃色で、メタリックな光沢を放っている。

 関節部分は球体関節で構成されているらしく、動きはとても滑らかだ。

 そのロボットらしき機械は滑るようにスムーズな動きで部屋に入ってくると、手に載せたトレイから器用に片手でグラスを取って、老爺に手渡した。

 老爺はそれを受け取って、自分の喉を潤している。


「―――」

「―――。―――」


 その間にロボットと老婆は何やら会話をしている。

 どうやらハウスキーパーのような立場らしい。

 どことなく、ロボットは老婆に対して不満を言っているニュアンスが伝わってくるが、老婆はそれをニコニコと受け流している。

 会話の内容は理解できないが、自然に言葉のやり取りをしている。


 ……なんだ、あのロボット。

 めちゃくちゃ高性能じゃないか?


 犬の形をした愛玩ロボットとか、床を掃除する平べったい清掃ロボットとか、ペッ〇ー君とか、明らかにそんなレベルの代物ではない。

 滑らかに動き、自然な動作で家事をこなし、(内容はわからないが)人間とスムーズにコミュニケーションをとれている。


 少なくとも転生前、『わたし』が生き、老人として生を終えた人生においては、このように家事に従事する近未来的なロボット、というのは、未だ実用化はされていなかった…はずだ。


 それを見て、私の中に改めて大きな疑問が沸き上がる。


 ここは……何処だろう?

 私は一体、どうなったのだろう??

 ………うーむ、わからん。

 疑問は尽きず、頭はまだ絶賛混乱中である。

 ―――とはいえ、だ。


 わからない事は未だ多く、この状況はあまりにも突飛で理解しがたい。

 私は、おしゃぶりやら何かキラキラした装飾の施された飾りつけやらを手に押し問答する老夫妻を横目に、心地よいふかふかのベッドに身を沈めて目を閉じる。

 この身は赤ん坊で、未だやれることなどたかが知れている。


 ―――まぁ、なるようになるだろう。

 なるようにしかならない、ともいえる。

 70年近い人生を生きて、ときには流れに身を任せる事も大事だと知っている身だ。

 ここは流れに身を任せるしかない。


 だが、まぁ、さしあたって。

 すっかり聞かん坊となった我が下半身がまたも荒ぶり、ふかふかの布団が大変なことになっているので、早うそのオムツを装着してくれんかな、老婆よ。


 漏らす感覚がなんかクセになりそうで怖い。

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