季節外れのサンタクロース

 夏の夜の公園。そこだけスポットライトが当たったみたいに明るいベンチに見えるのは、真っ赤なアロハシャツを着て真っ白なヒゲを蓄えた、恰幅のいいおじさんだった。まるでサンタクロースみたい。ずいぶん季節外れだけれどもキャンバスに収めたら面白そうだ。


「夏なのに、サンタクロース?」

「ん? ああ、そうさ。そういうお嬢さんはわるい子だね? こんな夜中に出歩いて」

「お説教なら必要ないわ。こう見えても、成人しているもの。ところで、サンタクロースっていい子のところにしか現れないんじゃなかったかしら」

「違うよ。僕は季節外れのサンタクロースだから、いい子じゃなくてわるい子のところに訪れるんだ」

「変わったサンタクロースね。それで、プレゼントでもくれるの? もしそうなら新しい筆が欲しいわ」

「違うよ。僕は季節外れのサンタクロースだから、何かを贈るんじゃなくて、何かを貰うんだ」

「どうして何かを渡さないといけないの。私には足りないものばかりなのに」

「そう言わずに。お嬢さんにもあるだろう? 持て余したモノのひとつやふたつ」


 持て余したモノならもちろんある。身を焼くような嫉妬と羨望。私にはない才能を持つ者たちを恨めしく思う気持ち。こんなモノがあるから、毎夜、熱にうなされて苦しむのだ。


「何か心当たりがあるみたいだね。どうだい、僕に渡してみないかい? きっと、楽になれるよ」


 サンタクロースに優しく誘惑される。気が付けば煉獄を閉じ込めたような真紅の宝石が私の手に握られていた。今にも手放してしまいたくなるほどの猛烈な熱を放つそれは、まさに身を焼く嫉妬と羨望そのものだった。この宝石を渡してしまえば楽になれるだろうか? しかし、煌々と輝くそれを見て思いとどまる。


「駄目よ。絶対に渡さない。これは私だけの輝き。私だけの苦しみ。例え火あぶりにすると脅されたって手放したりしないわ!」

「そうか、残念だよ。君は案外いい子みたいだね」

「ええ、渡すものなんて何一つないわ。わかったら空でも飛んで帰るのね」

「違うよ。僕は季節外れのサンタクロースだから、空を飛ぶんじゃなくて、地に潜るんだ」


 おかしなサンタクロースがそう言うと地面に大きな穴が開く。底の見えない深い穴へサンタクロースが飛び込み、その姿が闇に飲み込まれて見えなくなる。その瞬間、彼の背中には蝙蝠のような羽が見えた。季節外れのサンタクロースとはいったいなんだったのか、正体について考えていると、だんだん意識が遠のいてゆく――。


 目が覚めるとベッドの上だった。身体が汗でぐっしょり濡れている。なんだか不思議な夢をみていた気がするが思い出せない。ふと手の平に熱を感じる。そこには見覚えのない真紅の宝石が握られていた。

 宝石の放つ輝きを見ていると真っ赤な衝動に身を焼かれる。私はたまらなくなってその宝石を細かく削りにかわと混ぜる。出来上がった絵の具をキャンバスに塗りたくると、浮かび上がるのは熱を放つ真っ赤な煉獄。出来上がった絵に題をつけるとしたら何になるだろうか。嫉妬、羨望、怨恨、苦痛……。様々な単語が浮かんでは消える。結局私はこの絵に『情熱』と名付けた。

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