独り相撲
今日も優雅に身支度を済ませて家を出る。私は基本的に早起きだから朝の時間に余裕があるのだ。季節は夏の初め頃。朝の住宅街にはスーツや制服姿でせわしなく歩く人達が見える。そんな中で、のんびり屋の私はゆったり朝の空気を楽しみながら、余裕たっぷりで登校する。
私は毎朝バスで登校している。この路線の利用者はそれほど多くはない。座席にはちらほら空きがあって、前から後ろまで見通せるくらいには空いている。
やがてバスがやってくる。私は無事に席を確保できた。運転手席のすぐ後ろ、停車ボタンが目の前にある席だ。冷房が効いていて、とっても快適。
私は乗り物酔いしやすい方で、バスの中ではスマホを触ることも、本を読むこともできない。ぼーっと窓越しに外の景色を眺める。暇を持て余しているとピンポーンと音が鳴り、バスの中に停車を知らせるアナウンスが響く。
おお、これだ。私は絶好の暇つぶしを見つけた気がした。どうせ全部の駅で停まるんだろうし、誰よりも早く停車ボタンを押す遊びをしてやろう。
だが、これが意外と難しい。私がボタンを押すより早くピンポーンと音が鳴る。もしかしてバスの利用者はみんな停車ボタンを押すのを生きがいにしているのか?
学校の最寄りのバス停まであと少し。残されたチャンスが少なくなってきた。私は集中する。狙うのはドアが閉まって、バスが動き出す瞬間だ。
しゅーっとガスが抜ける音と共にドアが閉まる。エンジンが唸り声をあげるところを狙って、……ぽちっ。指にボタンの沈む感触が返ってくると同時に、ボタンが光る。やった!
初めての勝利。しょーもない暇つぶしだが、バスの中で他に楽しむ娯楽がない私にとってはちょっと嬉しい勝利だった。
しかし、次のバス停で異変が起こる。乗る人も降りる人も居ないのだ。バスのドアは開いたまま、車内に生温い空気を運んでくる。私は後ろを振り返った。げぇ。いつの間にか、バスの乗客は私一人だった。
私に素知らぬ顔で乗り続ける図太さはなかった。おとなしくバスを降りて次を待つ。初夏の日差しのせいか、それとも冷や汗か、どちらともつかない汗が背中を濡らす。さっきまであんなに暇だったのに、今は遅刻の言い訳を考えるのに忙しい。
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