第46話 美女と記憶
「お、今日もちゃんと着替えられてんじゃん」
部屋に通されながら河野さんが言うと、美女さんははにかむように微笑んだ。
「最近、調子が良くてね」
二人の会話を眺めるようにして、私は美女さんの恰好を観察した。シワのない白のブラウスに、落ち着いた緑のスカートを合わせている。金髪であること以外は、とても真面目そうな印象だ。部屋には立派なミシンが一つと、デザイン画や巻かれた状態の布がいくつかあった。ここで服を作って生活している人なのだろうか。
「ここ座って」
美女さんが並べたクッションに、河野さんは遠慮なく腰を下ろした。私もそれに倣い、スカートのプリーツに気を付けながら座る。
「典子、これ宿題のプリント」
河野さんが差し出した紙の束を、美女さんはすまなそうに受け取った。
「いつもごめんね」
「ごめんってやめろ。ありがとうって言え」
美女さんを偉そうに諭す河野さんに、私は違和感を覚えた。河野さんは、年上には折り目正しい人だと思っている。なのに、この乱暴な口利きは何故なんだろう。
黙って考え込んでいると、河野さんがいたずらっぽく笑って振り向いた。
「双葉ちゃん、マジでこいつ覚えない?」
「え?えーと、……えーと?」
必死で思い出そうとするのだが、顔も名前も出てこない。悩む私に、河野さんは私に顔を近づけた。
「相当前からの友達だよ。ほら、頑張ってみてよ」
「友達って呼べるの、河野さんしかいないよ」
途端、河野さんは焦ったように田中さんを見た。田中さんは何かを理解したように、ゆっくりと頷いた。
「しーちゃん、もういい」
美女さんが、小さく言った。河野さんは、苦しげな顔で私から離れた。
私は申し訳ない気分になり、美女さんにに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。私、なんにも覚えてないです」
「いいの、それじゃ改めて自己紹介するね」
美女さんは正座して、自分の胸に右手をあてた。
「田中典子って言います。しーちゃん、河野さんとは同じクラスです」
「同じクラス?」
私は美女さん――田中さんの大人らしい体と、その横にいる子供っぽい河野さんを見比べた。交互に見るたびに河野さんが渋い顔になるが、それでも止められない。そしてある事に気が付き驚愕した。
「てことは、私とも同い年!?」
叫んだ私に、河野さんは派手な舌打ちをした。
「あんた、こいつを何歳だと思ってたの」
「高校生くらいかなって!髪染めてるし、背も高いし!」
「高校生でも髪は染めねえよ!」
河野さんにつっこまれ、私は体を縮こまらせた。
「それに、学校でも見かけたことないから」
田中さんは自分の髪の毛をつまみ、困ったように笑った。
「私、今学校に行けてなくて。それと、髪はウイッグ着けてるの」
「ウイッグ」
「自分の髪、見たくなくて」
「ああ――そうなんだ」
私は、なんとなく分かる気がして頷いた。私も自分の見た目が好きではない。特に兄のおさがりを着ている時は、ガラスに映った自分が不気味でたまらない。髪を美容室で切ってからは、少しましになったけれど。
「んで、さ」
河野さんが、仕切りなおすように身を乗り出した。
「本当は中学入ったらすぐやろうって話してたんだけど。田中が学校行けなくなったりしたもんで、今になっちゃったんだけどさ」
「何の話?」
私が首をかしげると、河野さんと田中さんは探り合うように互いを見やった。しばらくして田中さんが小さくなり、河野さんが派手に舌打ちして私を睨んだ。
「双葉ちゃん」
「な、なに」
「うちら3人が小1の時から親友だったの、忘れてるよね」
「は?」
私は、さらに首を大きく傾けた。私は、幼少のころから友達などいたことがない。もちろん親友もいない。
「私、いじめられた記憶しかないん、だけど」
それを聞いた田中さんが、両手で顔を覆った。しかし私が慌てて弁解するのを遮るように、河野さんが声を絞り出した。
「『輝人兄ちゃん』が消えた日、うちらが双葉ちゃんを助けた事も、忘れてる、よね?」
「――は?」
兄の名を出されて、私の周りの空気が止まった。
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