第48.5話 師匠と先輩の隠し事⑦

 私が中学一年生の頃、親戚のおじさんが将棋教室を開いた。当時、おじさんからたっぷり将棋を仕込まれていた私は、将棋教室の生徒第一号となった。


 毎週土曜日の午後一時から、コミュニティーセンターの広い一室を借りて行われていたそれは、人こそ少なかったが、温かい雰囲気がいつも漂っていた。私は、休むことなく通い続けた。


 私が中学二年生になった頃、一人の女の子が入ってきた。彼女の名は、『詩音』。お互い年が近かったこともあり、私たちはすぐに打ち解けた。いつしか、私は、彼女のことを『詩音ちゃん』と呼ぶようになり、彼女は、私のことを『先輩』と呼ぶようになった。詩音ちゃんは、とても大人しい性格で、引っ込み思案。自分から進んで何かをしようというタイプではなかった。しかし、将棋に対しては、とても真摯に向き合っていた。


 そんな詩音ちゃんには妙な癖があった。それは、自分が将棋で大敗を喫した時や、自分の頭がひどく混乱した時は、決まって、コミュニティーセンターの裏口で膝を抱えるというものだった。本人曰く、それが一番落ち着くからだそうだ。


「詩音ちゃん、やっぱりここにいた」


「……ほっといてください、先輩」


 そんな会話を、何度交わしただろうか。いつの間にか、私にとって、詩音ちゃんは、後輩でもあり、友達でもあり、そして、妹のような存在でもあった。


 一年後、将棋教室に、小学五年生の男の子三人が入ってきた。彼らはいわゆる幼馴染であり、仲良く三人で対局をしていることが多かった。


 ある日、おじさんが、私に、彼ら三人の指導役を命じた。おじさんとしては、若者同士の方が、互いに良い刺激になると考えていたのだろう。


 私は、おじさんの頼みならと、それを承諾した。そして、いろいろと考えた結果、師匠ちゃんに三人の相手をしてもらい、私が対局を横から見ながら三人を指導するという方法を採用した。


 そこからだった。すべてがおかしくなったのは。いや、すべてをおかしくしてしまったのは。


「君、何でそんな手指すの? ちゃんと考えて指してる? 適当に指してるんじゃない?」


「ほら、もっといい手があるよね。どうしてこんな大事な局面で早指しなんてするの?」


「別に、負けることは恥ずかしいことじゃないよ。そこからいろんなことが学べるからね。でも、君たちは、ちゃんと負けから学ぼうとしてるの? 私にはそうは思えないんだけど」


 今思うと、こんな指導、明らかにおかしい。ただ厳しいだけで、指導を受ける側のことを何も考えていない。


 でも、当時の私は、せっかく指導役になったんだからと、見当違いの指導を繰り返した。何度も。何度も。そのしわ寄せが、詩音ちゃんに来るなんて知らずに。

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