第48.5話 師匠と先輩の隠し事③
「師匠、すいません!」
僕は、しゃがんで頭を抱えている師匠の肩をグッと持ち、強く押した。ペタンと尻もちをつく師匠。師匠の顔が上に向いたことで、師匠の視線と僕の視線が交わる。
「師匠、僕のこと分かりますか!? 見えますか!?」
いつだったか、漫画の主人公が、興奮した人を落ち着かせるために、「俺を見ろ!」と叫んでいたことを思い出す。漫画知識が現実で役立つのかはなはだ疑問ではあったが、効果はあったようだ。師匠は、「……あ」と呟き、そのまま押し黙ってしまった。もう、「ごめんなさい」という言葉がその口から放たれることはなかった。
「…………」
「…………」
無言で見つめる僕と師匠。一体どのくらいそうしていたのだろうか。数秒だろうか。それとも、数分だろうか。たくさんの人が僕たちの横を通り過ぎたような気がするが、よく分からない。僕の目には、師匠しか映っていなかったのだから。
「……ごめん」
師匠は、そう言って、ゆっくりと立ち上がった。
「師匠、落ち着きましたか?」
「……うん」
「…………」
「…………」
「……あの」
「……本当に、ごめん」
そう言い残し、師匠は、駅とは逆方向に駆け出した。普段の師匠からは想像できないほどの足の速さで、駅前の花壇を通り過ぎ、横断歩道を渡っていく。
僕の足は、しばらく動かなかった。師匠が突然駆け出してしまった事実に、頭の処理が追いついていなかったのだ。気が付いた時には、師匠は僕の視界から完全に消えてしまっていた。
「し、師匠!」
慌てて師匠を追いかける。だが、横断歩道の先に、師匠はもういなかった。どこかで曲がり角を曲がってしまったのだろう。
「ど、どどどどうしたら……」
だ、誰かに連絡を。い、いや、誰に連絡すればいいんだ? 妹さん? 駄目だ。妹さんに連絡したって、何がどうなるわけでもない。師匠のことを一緒に探してほしいなんて言われても、混乱させてしまうだけだ。そもそも、連絡したところで、一体どんな説明をすれば……。
頭の中で考えが上手くまとまらない。自分の無力さをこれほどまでに痛感したことは未だかつてなかった。
と、とにかく、手あたり次第に師匠を探して……。
僕が走りだそうとしたその時だった。
「あれ~? 後輩ちゃんだ~。やっほ~」
のほほんとした声が、僕の耳に響いた。
「……何で……ここに……」
「何でって、言ってなかったっけ~? 私、最近、土日はあそこの図書館で受験勉強してるんだよ~」
ニコニコと笑いながら、そう語る先輩。だが、僕の様子で何かを察したのか、すぐにその表情は真剣なものになった。
「……何かあったの~?」
「先輩、助けてください!」
僕は、先輩に向かって叫んだ。
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