第21.5話

 放課後。将棋部の部室。先輩と二人で将棋中。


「そういえば、あと一か月で夏休みだよね~」


 先輩ののほほんとした声が、狭い部室に響いた。


「そうですね」


 盤上をじっと見つめながら、僕は短い返事をする。今の局面はほぼ互角。ここで少しでもミスをすると、先輩にコテンパンにやられてしまうのだ。先輩の思い付きのトークに、真剣に付き合っている暇はない。


 だが、次に先輩が放った言葉に、僕の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまった。


「夏休みに、後輩ちゃんは、師匠ちゃんとデートしたりしないの~?」


 ガシャン!


 突然の大きな音。僕が勢いよく立ち上がってしまったせいで、座っていたパイプ椅子が倒れてしまったのだ。


「な、なな、なにを言ってるんでございますですか!?」


「お~、分かりやすく狼狽してるね~」


「ろ、狼狽なんて、し、してません!」


 はあはあと肩で息をする僕。自分の顔が熱くなっているのが分かった。


「結局、デートはしないの~?」


「し、しないですよ。何言ってるんですか」


「……じゃあ、夏休み中、一度も師匠ちゃんとは会わないの~?」


「…………」


「…………」


「……一応、何回か将棋しようって話はしてますけど。……デートってわけじゃ……ないです」


 倒れたパイプ椅子を元に戻しながら、僕は小さな声でそう言った。


 別に、師匠と将棋を指すことは、デートでも何でもない。ただ単に、弟子として指導を受けているだけ。そもそも、僕は別に師匠とデートがしたいなんて……したい、なんて……。


 その時、ハッと気が付く。先輩が、僕にニヤニヤ顔を向けていることに。


「そっか~」


「……何ですか、その反応は」


「別に~」


 ニヤニヤ顔を収める気配のない先輩。こういう時は、話題を変えてしまうのが一番だ。


「先輩は、夏休み中の大会が終わったら、受験勉強で引退ですか?」


 僕は一年生だから詳しくは知らないが、高校生限定の大会が夏休み中に開催されるらしい。それが終わると、三年生は受験勉強にまっしぐらなのだとか。


 僕の質問に、先輩はフルフルと首を振った。


「そういえば、言ってなかったね~。私、卒業するまでここにいる予定なんだ~」


「え! そうなんですか?」


 正直、先輩がいてくれるのはとてもありがたい。現在、将棋部で活動しているのは僕と先輩の二名だけ。あとは全員幽霊部員なのだ。だから、先輩がいなくなってしまうと、僕は一人でここにいる羽目になってしまう。それはあまりにも寂しすぎる。


「でも……いいんですか? 大学受験って、高校受験以上に大変だって聞きますけど……」


「いいのいいの~。後輩ちゃんと師匠ちゃんの話も聞きたいし~。それに……」


 先輩は、とても寂しそうな笑みを浮かべながらこう言った。


「受験勉強だからいなくなるなんて、もう嫌なんだよね~」

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