第12.5話

 放課後。将棋部の部室。先輩と二人で将棋中。


「先輩、この後なんですけど、また勉強を教えてもらってもいいですか?」


「いいよ~」


 いつものようなのほほんとした声で答える先輩。


「ありがとうございます! 神様、仏様、先輩様です!」


 僕は、先輩に向かってなむなむと手を合わせる。


 そんな僕を見て、先輩は「何それ~」と言いながら、クスクスと笑っていた。


 毎度のことながら、本当に助かる。僕はあまり勉強が得意ではない。毎日の授業についていくのがやっとというレベルだ。そんな僕にとって、先輩から勉強を教わることは、高校生活の一つの生命線なのだ。


「でもさ~……」


 盤上に駒を打ち下ろしながら、先輩が口を開く。この後、先輩が何を言うのか、僕ははっきりと分かっていた。だって、何度も言われ続けたことだから。


「私の教え方が悪かったらすぐに言ってね~」


 先輩は、僕が何かを教えてほしいとお願いすると、いつもこのセリフを言うのだ。先輩の教え方が悪かったことなんて、今まで一度もない。むしろ、分かりやすすぎるくらいだ。謙虚な人と言えばいいのかもしれないが……。


「あの……前から思ってたんですけど、どうして、先輩は、僕に何かを教える前に、『教え方が悪かったらすぐに言って』って言うんですか?」


 思わずそう問いかける。気になって将棋どころではなかった。


「…………」


 僕の問いに、先輩は、何も答えなかった。ただ黙って、盤上を見つめていた。将棋に集中しているのかとも思ったが、すぐに考えを改めた。そもそも、先輩が将棋に集中する姿なんて、滅多に見たことが無いのだから。


「……先輩?」


「……え? なに~?」


「……ボーっとしてますけど、大丈夫ですか?」


「……あ~、うん。大丈夫~。それで、えっと……どうして私が、『教え方が悪かったらすぐに言って』って言うかだったっけ~?」


「……はい」


 ニコニコと笑みを浮かべる先輩。まるで、先ほどのことが幻であるかと勘違いしてしまうほど、いつも通りの様子だ。僕の胸の奥から、ざわざわと嫌な音が聞こえてくる。


「それはね~……私の教え方が悪かったら、君を嫌な気持ちにさせちゃうからね~」


 真実なのか、それとも、はぐらかされているのか。先輩の真意は、今の僕にはわからなかった。だから、これだけは言うことにした。


「先輩に教えてもらって、嫌な気持ちになるわけないじゃないですか」


 これは、僕にとっての、まぎれもない真実だ。


 僕の言葉を聞いて、先輩は、「ありがとう」と一言僕に告げた。少し寂しげに微笑みながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る