とある師弟の帰り道

takemot

プロローグ

「じゃあ、先輩、お先に失礼します」


「じゃあね~。あの子によろしく~」


 狭い部屋の奥から僕に向かって手を振る先輩。軽くウェーブのかかった髪が、窓から入る風でフワフワと揺れていた。


 僕は、先輩にぺこりとお辞儀をし、部室の扉を閉める。


 古く、汚れた扉。扉に張り付いているのは、今にも剥がれそうな『将棋部』と書かれた紙。


 部室、新しくならないのかな……無理か。実績もないし。活動してるのなんて、先輩と僕だけで、あとは幽霊部員だし。


 そんなことを考えながら、部室棟の階段をゆっくりと降りる。


 部室棟を出て右。学校の東門。開け放たれた黒色の門に夕日が反射し、鈍く光っている。


 そこにいるのは一人の女性。真っ黒な長い黒髪。整った顔立ち。大人びた、穏やかな表情。高校の制服を着ていなければ、大学生か社会人であると勘違いされてしまうのではないだろうか。彼女は、僕に気付く様子もなく、本に視線を落としていた。


 僕は、彼女に近づき、声をかける。


「師匠、お待たせしました」


 僕の言葉に、彼女は本から顔を上げる。その綺麗な瞳が、まっすぐに僕を捉える。


「部活、お疲れ様」


 そう言って、笑みを浮かべる彼女。


 僕の心臓が、先ほどよりも少しだけ鼓動を速める。


 彼女の笑みを見るといつもこうだ。初めて将棋教室で会った時も。そして、今も。僕の心臓は、慣れるということを知らないらしい。


「じゃあ、帰ろうか」


 本を鞄にしまい、ゆっくりと歩き出す彼女。


 僕は、「はい」と返事をし、彼女の横に立って歩く。


 学校から駅までの道のり。ゆっくりと流れる周りの景色。


 お互い、一人の時は、もっと早く歩いているはずなのに、二人になると、途端に歩く速度が落ちる。


 まるで、お互いの存在を確かめ合うかのように。

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