山口

 広島の原爆ドーム。

 言わずと知れた観光地である。

 修学旅行と思われる学生が数多く訪れている。


 そのうちの一人の女子高生は、向こうで手を振っている男性を見てぎょっとした。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもないの。ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 建物の裏手の方に走って行ってしまう。


 その建物の裏には、先ほど手を振っていた男性がいた。


「なんで、あんたがここにいるのよ!」

「やだなぁ、それは僕のセリフだよ」

「私は修学旅行に来てんのよ!」


 女勇者と賢者であった。


 午後の自由時間。

 女勇者と賢者は、カフェでお茶をしていた。


「それで?帰るあては見つかったの?」

「う~ん、聖剣を作ろうとしたんだけど材料がいまいちでうまく行かないんだ。それで、方針を変えて聖剣を探してるんだけど見つからなくてね」

「当たり前でしょ。現在見つかっている聖剣は厳重に保管・管理されているわ。そこらに落ちてたりなんかしないわよ」

「あ、やっぱりそうなんだ。勇者一人で何本もいらないでしょ?一本くらい貸してよ?」


 ところが、意外なことを言った。


「こっちの世界では、勇者は一人じゃないわよ。聖剣の数だけ勇者がいるわ」

「え?勇者の称号って世界で一人じゃないの?」


 勇者はジロッと睨んで言った。


「こっちの世界じゃ、称号なんてないわよ。勇者は能力のあるものから選抜されるの。行っておくけどスキルなんで物もないからね」

「ええ!?」

「だいたい、あんたは転生前は日本にいたんでしょ?その時にスキルとか称号とか、よくわかんないものなんてあったの?」


 賢者は、手をポンと叩いて思い出したように言った。


「あ・・・なかったね」

「そ、こっちの世界では実力は訓練したり学んだりして身に着けるものよ」

「そうなんだ・・・」

「大体ね・・・あんたの魔法は技術が未熟なのよ。もっと研ぎ澄まさないと効率悪いわよ」


 研ぎ澄ますか・・・どうやるのかな。

『とても興味深い話です』


「ところで、聖剣が無かったら帰れないと思うけどどうするの?」

「一つ聞いていい?」

「なによ?」


「草薙剣って、見つかっているの?聖剣なんでしょ?」


 草薙剣。またの名を天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)。

 三種の神器と呼ばれる古代より言い伝えられる剣である。


 すると、勇者は目を泳がせて言った。

「草薙剣? ええと・・・熱田神宮にあるって伝えられているわよね?」

「へえ・・・そうなんだ」


 でも、見に行ったけど無かったよ?

 賢者は、心の中で思った。


「草薙剣なんて、どうするのよ」

「いやあ、手に入らないかと思ってね」

「そんなの無理でしょ!」

「へえ。そうなんだ」


 ニヤニヤを笑っている賢者。

 可能性があると確信した。


「それよりも、バチカンからあんたを捕まえに精鋭部隊が来たそうよ。気を付けたほうが良いわ」

「精鋭部隊?」

「そ、最上位魔術士の部隊だそうよ。さすがに逃げ切れないかもしれないわよ」

「うん、気を付けるよ」


 ふうっ・・とため息をついて勇者。


「じゃあ、私はもう行かなきゃ。じゃ、せいぜい頑張ってね」

「ありがと、七星剣にもよろしく伝えてね」

「言っておくけど、こっちの世界では聖剣はしゃべったりしないから」

「マジですか・・・」

『本当ですか・・・驚きです』


 あきれながらも席を立つ勇者に、賢者は言った。


「あ・・・あと一つ、お願いなんだけど・・」

「何よ?」


 賢者は勇者に両手を合わせて拝んで言った。


「ちょっとでいいから、お金貸してくんない?」








 


 海の底。潮の流れが強い。

 その海の中を賢者は素潜りをしている。

 

 スキルを使うことで、長時間潜っていられる。

 といっても、20分ほどで海面に上がり・・また潜る。



 ここは、山口県下関市。

 壇ノ浦と呼ばれる海峡。


 伝承では、源氏に追われた安徳天皇と一緒に三種の神器が海中に落ちて行ったとされている。


 その後、何年も探し回ったとされているが草薙剣は見つかっていないとされている。


 賢者は、海中に潜って調べているのだ。


 もしここに聖剣があるなら、賢者の持つ魔素を検知するスキルで見つけることができるはずである。


 

 そうして、探すこと1週間・・・




「結局見つからなかったなぁ・・」


 半月が輝く夜。

 ここは下関に浮かぶ小島。


 賢者は仰向けに寝て、手のひらの物を見つめる。

 魔素が比較的強い物を海底で発見したが・・・聖剣では無かった。


 直径2cmくらいの真っ白い真珠。それが海底の砂の中に埋まっていた。

 収穫と言えば、これだけだった。



「さて、この先はどうしようかな・・・」

『計画通りにするのが良いと考えます』


 賢者は真珠をワークパンツのポケットに入れて起き上がった。




 その時、気が付いた。


 月の光の下・・・修道着を着た数名の男たち。8人いる。

 気配もなく、立っている。



「あなたたちが、バチカンから来た人たち?」

 聞いても無言のままである。


 賢者は、警戒し構えを取った。


 その男たちが・・・手を賢者に向けてきた。

 指をさすように、人差し指を向けている。



 そして・・・男たちの指先からビームのように白い光が発射された。



「うわ!!」


 賢者は高速移動スキルで何とかかわそうとするが、いくつかの光が体をかすめる。

 ジュッ・・という音と共に、体を高熱が焼く。


 男たちのうち、何人かがふわっと宙に浮いた。


「え?まじ?」


 こちらの世界で初めて見る、魔法の力。

 異世界だったら賢者でも簡単にできる・・しかし、こちらの世界ではこれほどの魔法は発動出来なかった。


 それを、あの男たちは目の前でやって見せている。


『なるほど、理にかなっています。魔法の出力範囲を絞ることで威力を上げることができるようです』


 ええ~~!!そんなことができるんだ。



 これが、勇者の行っていた魔法の技術なのか。

 

 だが、まずは逃げないと・・・



 しかし、この小島・・身を隠すところがほとんどない。

 起伏のあまりない島の上に、所々に木が生えているだけ。

 賢者にとって、かなり不利な状況。


 ここは、山口県下関市 巌流島。

 宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘を行った場所。



 賢者は、高速移動スキルを使って逃げ回る。

 それを男たちは指先からのビーム上の熱線で攻撃してくる。


 しかも、空中からも狙撃してくるのである。

 体のあちこちに焼け焦げた傷が増えていく。

 



  研ぎ澄ます・・


 勇者は、賢者の技術が未熟だと言った。

 それは、まだ成長する余地があるという事。


 力を研ぎ澄ます・・つまり集中させるという事・・・・


 賢者は、イメージした。

 力の流れを・・・そうして、力を集中させていく。


 移動するためだけに。足に・・腰に・・・。


 賢者は、高速移動スキルを使用している。

 その移動スピードが・・段々と速くなっていく。


 時速60km・・・70km・・・80km・・・


 やがて、人間離れしたスピードになっていく。

 男たちの攻撃も、全く当たらなくなった。




 やがて・・・その輪郭を目で追うことが難しくなり・・・

 見えなくなった。





 賢者はついに、こちらの世界でも高速移動ができるようになったのである。




「うぎゃ!」


 男の一人がうめき声をあげて崩れ落ちる。

 そして、さらにもう一人も倒れる。


 次から次に・・・あっというまに、地上にいた5人が倒れた。



 空中にいる、3人の男たちはきょろきょろと島中を見回す。

 地上に賢者はいるはずなのである。

 だが、眼に見えない。


「うわぁ!!!」


 空中の男の一人が悲鳴を上げて、落ちて行った。


「どうした!!」

 ようやく、男の一人が声を上げた。

 声に恐怖が混じっている。


「ひい!」

 さらに一人の男もきりもみをしながら落ちて行く。


 最後に残った一人の男。

 周りをきょろきょろと見まわし警戒する。


 ふと気配を感じて背後を振り返る。


 半月の夜空。



 男の目に映った最後の映像。

 それは、顔面に到達する瞬間の賢者のこぶしであった。





◇◇◇◇◇◇

文字数の関係で、瓦そばは割愛・・・



 

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