広島

「うーん、魔素の溜まっている鉄ってないもんだなぁ」

『古ければいいと言うだけではないようです』


 ここは、広島県安芸高田。山県郡から広島県北部を回ってここまでやって来た。

 古代からのたたら製鉄が行われていたという事で、広島県北部にはあちこちに遺跡跡や神社にその名残が残っている。

 河原の岩に交じって製鉄の時に出る不純物の塊などが結構見つかるほどだ。


 中には、古い鉄の名残りもあった。

 だが、魔素が多量に含まれているような物は無かった。


『可能性として、魔素が溜まっている材料は貴重なものとして収集されている可能性があります』


 なるほど・・・

 それだと、玉鋼を探すよりも完成品の聖剣を探した方が良いのかな?


 


 


 次に訪れたのは、広島県福山市。

 備後国一宮である吉備津天満宮である。


 言わずと知れた、桃太郎に由緒のある神社である。

 ここには、何かヒントがあるかな・・・と思ったのだけど空振りだった。



 仕方ない。腹ごしらえでもして考えよう。やっぱり、広島に来たらお好み焼きだよね。

 そう思って、お好み焼き屋に入ったのだが・・・


「府中焼き?広島焼きとは違うの?」

「ここらでは、府中焼きが普通じゃ。うまいぞ」

「府中焼きって、どう違うんですか?」

「ひき肉が入っておる」

「へえ・・・じゃあ、それください」


 目の前の鉄板で作られていくお好み焼き。

 あれがひき肉か・・・と思っていたら。ひき肉から出たのか、結構な量の油がしみだしてくる。

 その油で、揚げているようになっていくお好み焼き。


「へい、おまたせ」


 鉄板の上で、目の前に移動されてきた完成したお好み焼き。

 ソースとマヨネーズの香りが食欲をそそる。


 慣れない手つきで、小さなコテで食べる。


 なるほど、麺がカリカリになっている。

 香ばしさが独特である。

 これは、確かにおいしい。



 食べ終わった後、ウーロン茶を飲みながら考える。

「まいったなぁ、これからどうしよう」


 聖剣のこともあるけど、懐の心配もある。


「大体、銀行口座を作ることもできないなんて・・・マイナンバーっていったい何なんだよ」


 保護者の印鑑くらいは覚悟していた。

 だが、自分と保護者のマイナンバーって言うものが必要らしい。

 そんなもの、以前にはなかったのに・・・おかげで銀行口座も作れない。

 口座が作れたら、あの女勇者に振り込んでもらおうと思ったのに。


「世知辛い国になっちゃったなぁ・・・」

 異世界から来た自分が、この日本で暮らしていくのは難しい。つくづくそう思い知った。何をするにも、身分証やマイナンバー。本当に、何もできない。


 思い出すのは、異世界のハコダテ。

 将軍様の城で満喫していたスローライフ。

 皆、見知らぬに自分に親切だった。

 畑をもらえて、料理を食べてもらって。


 今頃、畑はどうなっているんだろう?そして・・・

「将軍様、今頃は何しているんだろうな・・」






 その頃の、魔王領。

 魔王と聖女が、勇者探索の作戦会議を行っていた。

 だが、その会議は膠着状態。

 全く、いい案が浮かばないのだ。


「魔王・・何か方法は無いの?」

「あると言えばあるのじゃが・・」

「どんな方法?」

「上位魔族は空間を引き裂いて他の次元を侵略することができるのじゃが・・・」

「それいいんじゃないの?」

「それをすると、間違いなく勇者が現れて争うことになるじゃろうな・・・」

「それはまずいわね・・・」


 もともと、魔王は次元を超えて侵攻する眷属。そして、勇者は魔王を倒して次元の裂け目を修復する使命を持つ。本来は相いれないのだ。

 次元を切り裂いた瞬間、あの女勇者が現れて魔王を倒そうとするだろう。


「う~~~ん」


 その時、会議室の扉が大きな音と共に開いた。

 そこには、旅支度を整えた将軍がいた。


「どうしたのじゃ?将軍よ。どこに行くつもりなのじゃ?」

「魔王様、どうか私に賢者を探す旅に出ることをお許しください」

「旅って・・・当てがあるわけでもあるまい?」

「そうですが、黙って待っているわけにはいかないのです」

「そうは言ってもなぁ・・・」


 だが、将軍は真剣な表情。魔王が何を言っても聞かないだろう。


「まぁ、定期的に連絡を取ることを条件に許可しないこともないが・・・」

「ありがとうございます」


 一礼する将軍。

 だが、会議室を出て行こうとする将軍を魔王は呼び止めた。


「ちょっと待つが良い」

「はっ・・・なんでしょうか?」

「おぬしの腰にある・・・その鎌じゃがの・・・まだ、聖剣になり切れておらぬのじゃ。もし、賢者を探しに行くなら聖剣にしてから行くのはどうじゃ?」

「は?」


 首をかしげる将軍。

 だが、それを聞いた聖女は困ったように言う。


「なんで、魔王がそれを知ってるのよ」

「そんなもん、とっくにばれておるわ」


 いぶかしげに見る将軍に対して、聖女は言った。


「聖剣はね、聖女が祈りを込めて魔力を注ぐことで本当の聖剣になることができるの。本当は、秘中の秘なのに・・・」


 それが魔族に知られたら、勇者より先に聖女が狙われるため秘密にされてきたのだ。それが、とっくに知られていたのは驚きだった。


「本当か?ならば、ぜひお願いしたい!!」

「もう・・・この際、勇者様のためだから仕方ないわね」





 魔王城の大広間。そこに聖女は魔法陣を描いてその中心に鎌を持った将軍を立たせた。将軍は、正面に鎌を掲げるように持っている。


「本当なら、ここに立つのは勇者様なんだけどね・・・」

 そうつぶやいた聖女様。


 祈りを捧げ始めた。

 白く正常な光に包まれる聖女様。

 その光が、魔法陣を通じて将軍の持つ鎌・・・小狐丸に注がれていく。

 

”こ・・これ・・力がみなぎってくるの・・”


 白く輝く鎌。その刀身が光り輝き大きくなっていく。白銀の刃。


 ところが、それを見ていた魔王。

 ニヤッと口角を上げると、いたずらっ子のような目をした。


「どれ、わしもちょっと手伝おうかの」


 魔法陣に近づくと、赤い光をまとって力を注ぎ始めた。

 すると・・・鎌の柄の部分が赤く輝きだし大きくなっていった。


 やがて、光が収まると・・・そこには。


 将軍によって掲げられているのは・・・白銀の光を放つ刃と、精緻な彫刻を施された黒く長い柄を持つ大鎌。


 長身の将軍が担ぐと、いかにも様になる武器に小狐丸は変化へんげしたのであった。


 後世に伝説となる魔鎌、小狐丸の誕生の瞬間であった。







ディスロック開錠・・」


 宝物庫の錠前に人差し指と中指を立てて、トンっと当てる。

 開錠の呪文である。

 それだけで、古めかしい錠前は、カチリと外れた。


 ここは、深夜の厳島神社。


 神社の宝物庫に忍び込む。

 認識阻害のスキルを使いながら、中を探る。


 だが、探している物は無いようだ。


 仕方なく、宝物庫を出ての鍵を元に戻し立ち去る賢者であった。


「やっぱり、普通の神社の中とかには無いのかなぁ・・」

『方針を変えたほうがよさそうですね』


 月のない夜の広島。一面の星空である。

 賢者は星空を見上げた。

 そして、異世界にいる将軍に思いをはせた。


 そして必ず、異世界に帰ると誓った。

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