魔王軍

 オーアライ。

 イバラーギの、のどかな漁港である。


 もうすぐ夜明け、村の老人が漁に出る準備をしていた。

 少しずつ、東の空が明るくなってくる。

 

 ふと、沖を見る。


「な!?・・」


 絶句した老人。腰を抜かして、へたり込んでしまった。


 老人が見たものは・・・

 闇の中、急に現れた巨大な真っ黒い軍艦が数隻港に入ってきたところであった。


 これは、うわさに聞く・・・魔王軍の軍艦か。

 魔王領とは和平を結んだと聞いていたのだったが・・・

 それは嘘で、ついに攻めてきたに違いない。


 老人は、腰を抜かしたまま港に入ってきた軍艦が接岸するのを見つめるしかできなかった。


 岸についた軍艦から、誰かが下りてくる。


 その人物は、老人の前まで歩いてきた。


 そして、手に持ったものを老人に突き付けて言った。



「オハヨ―ございます!! いやぁ、朝早くから騒がしくして、すんませんね~。

 あ、怪しいもんじゃありません。ラブ・アンド・ピース!平和を愛するただの田舎もんです~。

 これ、お土産の”〇い〇人”ですわ。よかったら食べてください。

 ところで、この港の責任者の方ですか~?」


 やたらと、愛想のよい笑顔。ハイテンションな甲高い声で話しかけてきた。

 突き付けた紙の包みを無理やり押し付け、老人の手を握って、ブンブンと激しく動かす。


 握手のつもりらしい。

 老人は、ポカンとして、されるがままであった。


 その後、オーアライは大騒ぎになった。





「どうじゃ、このキモノという服。わしに似合うかのお?」

「とても似合ってますよ、その柄と魔王様はぴったりだと思います」

「け・・賢者。私はどうだ? おかしくないか?」

「将軍様、とっても美しいです。将軍様のイメージにぴったりの色ですね。

 背の高い将軍様が着ると、とても映えますね」

「そ・・・そうか?」

 将軍は恥ずかしそうでありながら、口元がにやけてしまう。


 ここは、イバラーギのユーキ。

 魔王一行は、ここに数日間逗留している。

 今は、ユーキの名産の反物で作られたキモノという服を試着しているところである。


 魔王たちは、聖女と魔法使いを連れてニーガタからフクシーマに抜けたあと、南下してユーキまでやって来たところであった。


 魔王は、ユーキでキモノを仕立てるためにいろいろな反物を見比べている。将軍にもキモノを作らせようとしていて、次々に着替えさせている。

 賢者にそれを見せて、二人の反応を見て楽しんでいるようだ。


「どうじゃ?将軍よ。どれにするか決めたかえ?」

「け・・賢者はどれがいいと思う?」

 恥ずかしそうに、頬を赤らめて将軍は賢者の意見を聞く。

「そうですね、先ほどの薄紅色なんか似合っていたと思いますよ」

「は・・派手じゃないか?」

「いえ、そんなことないですよ。とても素敵です」

「そ・・そうか?」

「ほお、将軍がその色を着るとは。珍しく女らしい色だが、いいかもしれんな」


 はしゃいでいる魔王。


 一方で、聖女は無言で窓際の椅子に座っていた。

 無表情に窓の外を眺めている。


 ニーガタで号泣したあと、泣き続けた聖女。

 やがて、涙も枯れ果てたのか無表情で何も言わなくなってしまった。

 まるで人形のような表情。


 唯一、感情を見せるのは・・・夕食の時に賢者が皆に振舞うプリンを食べるときだけである。

「・・・おいしい・・・」

 そう呟いて、ポロっと涙を流すのだ。



「ところで、魔王様。ここにいつまでいるんですか?」


 ユーキで5日が過ぎたころ。

 宿の縁側で、入れたお茶をテーブルの魔王や将軍の前にサーブしながら賢者は聞いた。

 賢者お手製の、焼き菓子も皿に盛っている。


「実はのぅ・・・魔王軍を呼び寄せたのだ。ちょっと戦力的に不安だからの。

 このユーキで合流することになっているのじゃ」


 窓の外を見て、魔王は言った。


「噂をすればなんとやら、ちょうど来たようじゃ」


 街道をやってくる軍勢。

 約1000人の部隊である。



「いやあ、魔王様。すっかり遅くなってしまってすんませんね~。

 急に呼ばれたんで、支度するの大変だったんすから。

 船の準備とか、食料とか着替えとかおやつとか・・・」


 愛想のいい笑顔の、白いスーツを着た男。

 なんとなく、軍人と言うより営業マンと言ったほうがしっくりくる。


 この人物こそ、魔王軍の遊撃隊隊長。

 先制攻撃を得意とする、スピード重視の部隊である。

 

「いやあ、すまんな。で、伝えたとおりトラブルは起こしてないだろうのぅ?」

「それはばっちりですよ。通る村々でお土産を渡して挨拶したら、喜んでもらえました~。

 それに聖女様の名を出したら、すんなり通してもらえましたよ。いやあ、さっすが聖女様。人気ありますね~」

「はいはい、わかったから。そろそろ行くぞ」

「え~、休憩なしっすか? 相変わらず人使い荒いっすね~。そんな魔王様も、大好きっすけど」

「もう、いいから」


 適当に、魔王はあしらう。

 ほおっておくと、いつまでもしゃべり続けるのだ。


 魔王は、聖女に向かって言った。

 優しく、柔らかい声で。


「聖女よ、そろそろ先に進むぞ」


 聖女は、無表情のまま・・・びくっと体を震わせた。


 魔王は、聖女を優しく抱きしめ頭をなでる。


「大丈夫じゃ。わらわ達が必ず守ってやるから。

 だから、安心するがよい」


 聖女は、それを聞いているかわからない空虚な瞳。

 だが、その瞳から一粒涙が流れた。

 その姿を見ている魔法使いの目からも涙が流れている。



 魔王軍は、聖女を守るように南へ進む。

 トネ川を渡りサイの国に入った。


 そしてすぐに、街道沿いに見えてきたのは桜の名所で有名なゴンゲン堂堤。


 その堤の上に並ぶ多くの旗・・・大軍勢が魔王軍を待ち構えていた。


 サイの国を治めている、伯爵の精鋭部隊。

 その数、約5000人。

 

 ナカ川を挟んで、魔王の軍勢と対峙したのであった。

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