逃亡賢者 ー スローライフを夢見る賢者は巨乳聖女から逃げ回る

三枝 優

第1部 魔王討伐から逃げ回る

プロローグ 成人の儀式

「おおい、そろそろ教会に行く時間じゃないのか?」

「あ!そうだった!父さん、それじゃあ行ってきます!」


 柿の木の下草を刈っていた少年は、父さんに告げて畑からでる。

 少年は農家の息子。

 父と妹の3人暮らしだ。


 ここはカナガーワのヨコウミ。

 ウミといっても、ここは海からかなり離れた山に囲まれた地域。


 今日は、少年の15歳の成人の儀式の日。

 この国では15歳になったら教会に行って、スキルや称号を鑑定してもらう決まりになっている。


 内心、少年はちょっとドキドキしている。実は少年は転生者だったからだ。

 ここで生まれる前は、地球の日本で社畜としてこき使われていた。そして、心臓麻痺で孤独死。

 だからこそ、ここで農家に生まれて本当によかったと思っている。

 生まれ変わった家は、柿やほうれん草や大根などを栽培している農家である。

 今度の人生こそ、のんびりスローライフを満喫するのだと心に決めていたのだ。

 



「それでは、鑑定を行う」


 牧師が厳かに宣言して目を閉じる。

 目の前には、ぼーっとした眠そうな目の少年。いかにも農家の服装である。

 牧師は期待せずに、神に祈った。

 ”神様、この者のスキルと称号を鑑定しお示しください”


「な・・・なんと!!」

 目をカッと見開いた牧師は、わなわなと震えだした。

「ど、どうしました?」


「おぬし、世界で一人だけに与えられる”賢者”の称号を持っておる!!」

 牧師は、そう叫んだ。

「すぐに、教会本部に報告せねば!!」

「ごめんなさい!!」

 牧師の目の前には土下座する少年。

「何卒!それだけは勘弁してください!!」

「な・・・なんじゃと!?」

「僕は農家として、ここで暮らしていきたいのです!お願いします!内密に!どうか内密に!!」


 物凄い表情で、泣きながら懇願する少年。


「なんと・・・賢者であれば国王に仕えることも可能であるのに・・・」

「そんなことに興味はありません!お願いですから!」

「そ・・・そうか?」


 泣きながら懇願する少年に戸惑いながら、うなずく牧師であった。





 次の日。

 少年(賢者)は鎌を持って畑に向かって歩いていた。

 隣の家の畑を見る。地域で特産にしようとしている”ウミ梨”ブランドの畑が広がっている。


 海はないのに”ウミ梨”かぁ・・・海がない事に対する自虐なのかな?

 常々、ネーミングが謎だと思っている。



 すると、道の向こうから複数の人たちがやってきた。


 先頭を牧師さん。その牧師さんに案内されて白い服の女性が歩いてくる。

 その周囲をたくさんの取り巻きが囲んでいる。

 物凄く嫌な予感がする・・・。


「あ、あの少年です。聖女様」

 牧師さんが言う。

 牧師が話しかけたのは、世界で一人だけの称号を持つ”聖女”。

 可憐で、美しい。あどけないその顔はかわいいと同時に美しいとしか表現できない。


 ただ、牧師のその目は聖女様の一点を見つめている。



 でかいのだ。


 なにがって?


 胸と言うか、おっぱいが・・・

 メロンが入っているのじゃないかと言うくらいにデカいのだ。


 そのおっぱいが、少年に話しかけてきた。


「あなたが、賢者の称号を持つ方なのですね」

 胸の前で手を合わせ、話してくる。


 意識しているのかな?おっぱいがより強調されているのだけど・・・


「あ・・・あの・・・何かの間違いだと思い・・・」

「いや、間違いなくこの少年が賢者で間違いありません」

 牧師が断言した。

 チッ・・・口止め料を払ったのに・・・


 すると聖女様が走り寄ってきて、手を握りしめうるんだ目で見つめてきて言った。


「お願いです、賢者さま。私と一緒に、魔王を倒していただけないでしょうか」


 胸の前で、手を握りしめてうるうると懇願してくる。

 あの・・・おっぱいが、当たっているのですけど。

 いいんですか?


「なんだと!それはすごいじゃないか!」

 少年の背後から、父親の叫ぶ声がした。

「お兄ちゃん!すごい!」

 妹も尊敬のまなざしで見つめていた。


 それを聞いた聖女様。さらに、抱きつかんばかりの勢いで縋り寄ってくる。

「お願いです、魔王を倒すたびに同行してください。何卒・・・お願いいたします」


「いや、僕には畑の手入れと言う仕事が・・・」

「うちの畑なら心配するな!俺がいるからな」

 親父・・・それでいいのか・・・?


「賢者様。ぜひお願いいたします!」

 美人でかわいい聖女様。

 周りにはニコニコと笑顔の近所の人たちと親父と妹。


 少年はため息をついた。


「わかりました。しかしながら、荷物をまとめる必要がありますので、少しお待ちください」

 澄んだ目で、聖女様の目をまっすぐに見ながら少年は言った。

「わかりました。ありがとうございます!」

 聖女様は、嬉しそうに言う。涙を流さんばかりである。

 少年は家に入り扉を閉めた。


 5分後



 10分後

「まだなのか・・・?」

「大丈夫です、あの方は信用できる方です」



 30分後



「ええい!まだなのか!」

 牧師が叫ぶ。

 父親を先頭に、皆が家の中に入る。



 すると・・・奥の窓が開け放たれていて風がカーテンをバタバタと揺らしていた。

「ええい、あいつはどこなんだ!」


 棚は空っぽ。着替えなどはすっかり持ち去られた後のようだ。


 机の上には書置きがあった。


『探さないでください』


 少年の父親がボソッと言った。

「あの野郎・・・やっぱり逃げやがった・・・」




 やっぱり・・・?




「はい?・・・・・・」

 聖女様は死んだ目をして灰になったように脱力していた。

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