偉大な力と異色の女

「そうそう、今から使う予定なんだけど、一緒にどう?」



 なんだ、この軽い誘い文句は……。

 彼女は今から時空魔法を使うんだよな!? ちょっとそこまで散歩に行くんじゃないよな!?


 ……どうやら彼女は時空魔法について大分勘違いをしているようだ。彼女はこの力の本質を理解していない。なら私はそれを直に確認して正したいと思う。

 が、これには1つ問題がある。


 時空魔法では"自分"のみしか移動する事が出来ないのだ。もし私を一緒に移動させるのであれば、私をテイムし、使い魔にするしかない。しかし、私は神の使い魔。うーむ……。


(良い。あやつにテイムされよ)


 うんうん悩んでいると、突如神から思念が飛んでくる。神がいいと言うのなら私は構わないが……。


(よいのですか。彼女にテイムされれば、私は彼女の使い魔となり、あなたとこのように連絡が取れなくなりますが)

(構わぬ。どうせ勘違いさえ正せば、あやつはすぐに"禁じ手"を使い、時の力と共にすぐに余の元に返ってくる)

(かしこまりました)


 そう返事をすると、私は彼女の方に向き直る。


「ではお言葉に甘えて。その前にテイムが必要なのですが」


「はーい」


 彼女にテイムの仕方をレクチャーしようと近付くと、私が説明するより早く、彼女は私の頭に手をかざし、迷いのない声で唱えた。


--- テイム ---


 私の体全体を白い光が包み込む。光が収まると、私の左手の甲に星形の紋章が浮かび上がって消えた。テイム成功の証である。

 念のためスキルボードを確認すると、「グレイ」という自分の名の下に、しっかりと「イズミの使い魔」と但し書きされていた。


「これで私も共に行けます。というか、テイムの仕方ご存知だっ」


 私がそう言いかけたところで、彼女は時空魔法を展開した。


「うわっ!」


 私は思わず驚いて声を上げる。


 なんてせっかちなんだ。やると一言言ってからにして欲しかった!


 眩しくて思わず目を瞑ってしまった私が再び目を開けると、そこは先程と同じ場所の、しかしどことなく雰囲気の違う空間だった。何より大きく違っているのは、そこに死んだ筈のおじいさんと彼女によく似た幼い少女がいる事だろう。


「ただいま」

「あぁ、おかえり」

「おかえり」


 3人は慣れた様子で会話を交わす。ふと、おじいさんがこちらに気付いた。


「やぁ、いらっしゃい」

「お邪魔しております。私は先程彼女の使い魔になりました、グレイと申します」

「そうかそうか。まぁそんな堅苦しい挨拶はやめて、早くこっちに。この会は2時間制だからね。早く乾杯といこう。イズミの持っているソレは、フォーク社のビンテージ物かな?」

「ご名答」


 3人はニヤリと笑う。おじいさんがチリンチリンと呼び鈴を鳴らすと、隅からエプロン姿でシェフ帽を目深に被ったイタチが現れた。

 飼い慣らされたイタチのようだが、人見知りなのかこちらを見ずに、そそくさとテーブルに夕食の支度を整えていく。あっという間にテーブルが整うと、またイタチはそそくさと隅に戻ってしまった。

 いつもの事なのか、彼女達は気にする様子もなく、早く「いただきます」を言いたげにソワソワと待っている。


 私の主人である彼女はワインを手に取り、コルクを抜いた。


 キュッキュッキュッ……スポン!

 トクトクトク……トクトクトク……


 3人分のグラスにワインを注ぐと、こちらを見て「あなたも飲む?」という顔をするので、「では遠慮なく」とグラスを差し出した。



「……って、いやいやいや! 危うく流されるところでしたよ。これはどういうことですか」

「どういうって?」


 彼女は私の意図するところが全くわかっていない様子だ。私もつい声が大きくなってしまう。


「どうしておじいさんと"昔のあなた"と一緒にいるんですか! しかも随分と慣れてますよね?」

「どうしてって、時空魔法で"15年前"に来たからだけど。1日2時間までなら、移動できるじゃない? だから毎日夕方はこっちに来て、夕飯を一緒に食べてから"帰る"の」

「な……な……」


 あまりの衝撃に言葉にならず固まってしまった。彼女はそんな私の様子に全く気付いていないようで、嬉しそうに話を続ける。


「すごい便利よね、これ。毎日会ってるから、おじいちゃんが亡くなった実感が全然湧かないの。あはは」

「いやー俺狩りの途中、転んで頭打って死ぬんだって? 聞いた時は腹抱えて笑ったわ!」

「おじいちゃん、そうゆうとこほんとマヌケだよねぇ」

「ほんとほんと。あはは!」

「……」


 驚きすぎて、もはや「な」の字も出ない。ありえない……こんなのありえない……神の力をこんな……。


 そもそもこんなに嬉しそうに笑うこの女性は誰だ。あの時初めて出会った彼女とは、まるで別人ではないか。今の彼女から、あの時の生気のない彼女が結びつかない。彼女はこの15年、どれだけ充実した日々を送ってきたというのか。


 悪事を働いて私腹を肥している方がまだよかった。ワインの時から感じていたが、こんな使い方、神の予想の範疇をはるかに超えている。よくもまぁこうも上手く抜け穴を探したものだと思わず感心してしまう。


 初めて会った時、彼女の事を短絡的で思慮の浅い女だと思っていたが、とんでもない。神は最も手を出してはならぬ者に手を出してしまった。


 このままではまずい。今の状態でもうすでに充分過ぎる程、充実している。このままでは彼女はおじいさんを生き返らせようとせず、永遠に神の力が戻ってこないではないか!


 私はなんとか説得の糸口を探した。


「時空魔法は1日2時間という制限があります。おじいさんとは毎日会えるでしょうが、たったの2時間じゃ、寂しいのではないですか?」

「別に? 私元々飲み会もカラオケも延長しない方だから」

「……何の話ですか?」


 ダメだ……話が全く通じない。

 しかし神聖なる神の使い魔として、ここであっさり引き下がっていいのか。



 いや、いかん。

 何かないか……何か……。



 私はなんとか言葉を絞り出した。




「時の力は、本来こういう使い方をするものではないんですよ」



 ……自分でもこんな言葉しか出てこないのかと情けなくなるが、もはや倫理的に訴える他あるまい。


 実際、時の力は人間が軽々しく使っていいものではない。神のみぞ使える、大変貴重で有難い力なのだ。もっと有意義に使うべきではないのか。


「どう使うかは自由じゃないの?」

「そ、そうですが……それだけ偉大な力を持っていて、おじいさんを生き返らせようとは思わないのですか?」

「それをしたら終わりじゃない」

「ソ……ソウデスネ」


 ですよね、わかりますよね。

 どうにか丸め込もうと思ったが、彼女は全く騙されてくれない。



 あーなんかもう面倒くさくなってきた。そもそもなんで私は神様の為にこんな必死になって彼女を説得しているのだ。当の本人は直接説得しに来ない上に、経過観察だって私に任せっきりだった。

 それに私は今や神の使い魔ではなく、彼女の使い魔だ。その彼女が最強の力を持っているなら、私としては何の問題もないではないか。




 よし! 彼女の意思を尊重しよう!




(神様、どうやら彼女は神の力を返すつもりはないようです。私も必死に説得しましたが、力及ばずでした。しかし問題ありません。時の力は、神の持つ力のほんの一部。時の力1つなくとも、神様は問題なくやっていけます。だからどうかご安心ください。今まで大変お世話になりました。お元気で)



 と、心の中で唱えるが、神の使い魔でなくなった今、この声は神に届かない。



「さ、そんなことより乾杯しましょ」

「そうですね!」

「「「「いただきまーす!」」」」



「美味しい! こんな美味しいお酒飲んだ事ない! それにこのチーズ! この濃密なワインに合うわー!」

「ふふ、あなたも気に入ったみたいね」

「ええ、それはもう! いやー最高です、ご主人!」



 こうして使い魔が堕ちていく様を雲の上から見ていた神は、誰にも届かぬ声でこう叫んだのだった。





「この裏切り者ーーーーーーー!!!」


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