第4話 ヴィットとモネ


「九百九十八、九百九十九、千!」


 ふぅ。これで剣の素振り千回はクリアだな。ずっと続けているとはいえ、まだまだキツいな。


「おいおい、お前は魔法士の祝福を貰ったんだろ? なんでまだ剣の素振りなんかしてるんだ? そんなことするなら魔法の練習をした方が効率がいいだろ」


 ヴィットが俺にそう言った。


 確かに、普通に考えたら効率が悪くて頭の悪いことをしてるように思うだろうな。


「ヴィット、俺は剣士だ。それが例え魔法士の祝福を受けようとも、だ。俺の心がそうである限りそれは変わらない。そして俺が剣士である以上、鍛錬は続けなければならないんだ。まあ、癖みたいなもんだ気にするな」


「へっ、何が俺は剣士だ、だよ。一人で素振りばっかりしててもつまんねーだろ? 俺が相手してやるよ」


 そう言ってヴィットは俺に長めの木の棒を放り投げた。それは俺の剣と殆ど同じ長さだった。


「ほう、俺と剣で勝負するというのか?」


「あぁ、どう見てもそれしかねーだろ。まあ、俺は短剣二刀流で行かせてもらうがな」


 そういってヴィットは短めの木の棒を二本、逆手に構えニヤリと笑った。短剣というよりむしろダガーのような短さだ。しかも俺の知っている型にはハマっていないがサマになっている。


「じゃあ、この石が地面に着いた瞬間からでいいか、ヴィット?」


「あぁ、俺はいつでもいいぜ」


 パチン


 俺は空中に石を弾いた。そしてそれが二人の間に落ちた瞬間、二人は動き始めた。


 速い! ヴィットは俺の想定よりも何倍も速かった。瞬時に距離を詰められた俺は得物の長さの利を活かせなくなってしまった。


 そこからダガーによる超連続攻撃が繰り出され、俺は防戦一方となってしまった。


「おいおい剣士さんよぉ、そんなものか? お前の素振りの成果はそんなもんかよ!」


 まだまだヴィットの攻撃は止まりそうにもなかった。息つく暇もなく、上下右左前後、斜め全ての角度から攻撃してくる。


 俺は避けて弾いて避けて弾く。一瞬でも隙を見せたらつけ込まれる、そんな圧迫感だ。だが、だからこそその一瞬をこちら側も狙う。


 ヴィットの右上からの攻撃。そう、俺はこれを待っていた。


 俺はただ自分の木の棒で弾くのではなく、斬り下がりながら自分の木の棒を相手の左手のダガーに当てた。


「なっ!」


 相手は先程までとは違う弾かれる威力に少し耐性を崩した。そして俺は斬り下がりによって距離をとった。


 そして距離を取ればリーチが長いこちら側の方が有利だ。


「上段斬り!!」


 ❇︎


「くそっ、俺の負けだ」


 俺は完全に背後に取られ、木の棒を首筋に当てられた。


「「ハァ、ハァッ、ハァ、ハァッ」」


 俺たちは模擬戦が終わり互いに息が上がっていた。まさか、剣の試合で俺が負けるとは思っていなかった。


「へっ、お前意外とやるじゃねーか。俺に潜身を使わせるとは大したもんだぜ」


「そっちこそ俺の上段斬りがこんなにいとも容易く避けられるとは思ってもなかったぞ。意外とやるんだな。その潜身というのが上段斬りを避けた技なのか?」


「あぁ、そうだ。相手の視界から一瞬で下に外れることで、まるで地中に潜ったと勘違いさせる技だ。まあ、こけおどしみたいなもんだ」


「そんなことないだろ! 充分に実戦で使えると思うぞ? 今みたいにな。それにしてもそんな技どこで習得したんだ? 爺さんから教えて貰ったのか?」


「いや、爺さんからはちょっとした魔法しか教わってねーよ。今のはスラムで培ったもんだ。ちょっとした喧嘩や争いは日常茶飯事だからな。自分の身は自分と守らなきゃいけねーんだ」


 ヴィットはスラム出身だったのか。


「そうだったのか……あの短剣術もそこでみにつけたのか?」


「あぁ、そうだ」


「どうやってここまで来たんだ? 自力でここまで来たのか?」


 俺はヴィットを自分を重ねてそう尋ねた。


「いや、たまたまスラムにあのジジイが来てたみたいでな。ついて来ないかと言われたんだよ。俺は親もいなかったし、スラムにほとほと嫌気がさしてたからここに来た。だが、ここもここで修行三昧でシンドイぜ、全く。まあ、本も住む場所もあるからスラムよか全然マシだけどな」


 ヴィットは俺と正反対だな。スラムと剣の良家という正反対のような生まれから、ヴィットは恐らく爺さんに才能を買われ、俺は逆にここへと逃げ込んできただけだ。


 だが、こうしてそんな正反対とも思える二人が出会えたのはある種奇跡みたいなもんだな。


 本当に爺さんとヴィットには感謝してもしきれない。


「ヴィット、ありがとうな本当に。楽しかった」


「へっ、辛気臭せーな! リベンジしたくなったらまた軽く揉んでやるぜ?」


「何を? 次は俺が勝つに決まってる!」


「フォッフォ、青いの良いのう。じゃがもう寝る時間じゃよ。餓鬼は早く寝るんじゃ」


 いつの間にか爺さんが俺らの背後にいて、そう言った。


「げ、ジジイいつの間にいたんだよ!」


「フォーッフォッフォー」


 ヴィットにそう言われると、爺さんは笑いながら帰っていった。


 それにしても一日目にして色んなことが分かったな。そして、俺はここにいれば強くなる、そう確信した。


 ❇︎


 そして、一週間、一ヶ月、半年と瞬く間に月日が流れていった。


 毎日爺さんによる魔法の訓練と、体力作り、午後は勉強とその後にヴィットとの模擬戦。一日で全てが行える最高の環境だった。


「ハァハァ、今日は俺の勝ちだなヴィット!」


「クッソー! あのフェイントが効かねーとはやるな! だがこれでもまだ九十七勝、八十四敗で俺が勝ち越してるからな!」


「その内直ぐに追い抜いてやるぜ?」


 俺らは半年の月日で良きライバルとなっていた。


 そしてヴィットは相変わらず強かった。今日の様に勝てる日も増えてきてはいるのだが、それでもまだまだ勝ち越されている状態だ。ヴィットは最強剣士になる上で絶対に超えないといけない壁だ。いつかは絶対に……


「フォッフォー相変わらず元気じゃのう。二人で切磋琢磨するのは良いことじゃのう。そこで二人にお知らせがあるんじゃが」


「お知らせ? なんだよジジイ、んなもんあるならさっさと教えろよ!」


 爺さんはとても柔和な目をしていた。ゴリゴリの体には非常に似つかわしくない表情だ。


「来月に今年成人した者たちだけで開かれる、武闘大会があるのじゃ」


「「な、なんだって!?」」

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