第二十三話 授業は少なく、おしゃべりは多く、僕は困惑 2

 セレスさんはニッコリと僕に笑いかけてくれた。でも何で皆、僕なんかに気軽に良くしてくれるんだろう?

 一日目というのにこんなに仲良く慣れるなんて、僕はこのクラスでやっていけそうな気がした。


 この学校は貴族、それも次期当主に合わせてるため基本的に午前中に終わる──次期当主は勉強以外にもやることが多いそうだ──もちろん残って勉強するなり訓練するのは自由だ。

 余談だけど、この学校は授業内容は同じだし貴族が権力をふるうことは許されてはいないけど平民とは平等じゃない。貴族は貴族、平民は平民だ。きっちりと線引きされている。

 この学校で人生が完結するなら平等でもいいけど、卒業した後も人生は続くそのための処置だ。


そんなことを考えつつ僕は昨日と同じくトシュテンさんが御者をする馬車の外で、レナエルちゃんが終わるまで待つ。

 待っていると見慣れた赤い髪の生徒が見えた。アダン君だ。


「おーい。アダンくーん」


 アダン君に向かって、手を振って呼ぶと慌ててこっちに走ってきた。


「大声出すなよ。恥ずかしいだろ?」

「昨日ぶりだね」

「ああ、お前が保健室に運んでくれたんだろ? ありがとな」

「倒れたの大丈夫だったの?」

「倒れたのは俺も覚えていねぇ。目が冷めたら保健室でお前が連れ来てくれたとだけ聞いたんだ。何で倒れたは思い出そうとすると……ウッ頭が」

「ちょっ、ちょっと無理はダメだよ。僕もアダン君がいきなり倒れたから驚いて保健室に連れて行ったけど、怪我とかは……包帯巻いてるじゃないか大丈夫なの」


 よく見るとアダン君は袖から見える腕には包帯が巻いてあった。


「これはちげーよ。今日の怪我だ。なんか犬みたいな耳をつけたやつが、暴れてよ。悔しいが敵わなかった」

「あっ、ポチ君か」

「何だ知ってるのか?」

「うん、その後誰かにボコボコにされたって聞いたけど」

「エドさんだよ」

「えっ? 父さんが?」


 そういや今日は森付近の調査に行ってくると言ってたなその帰りだったのかな?


「ああ、強かったぜ。木剣で拳をスイスイとさばいてさ、俺もああなれるかな?」

「父さんはアダン君は才能あるって言ってたよ」

「……マジか?」

「うん、マジ」

「……よし、やっぱ俺は寮でひとり暮らしする」


 えっ、話がつながらないけど何を思いたったたんだろう?


「やっぱ、家族の元でぬくぬくと暮らしてたら駄目だよな。寮で暮らして俺は冒険者にもなって、どんどん強くなるんだ。男だったらそうだよなルカ!」

「いや、僕は家族のもとでぬくぬく暮らしたいし、別に強くなくてもいいかな」

「なんでだよ!」

「いや、何でって言われてもね」


 僕がアダン君との意識の違いを感じていたら、レナエルちゃんがまた男子生徒を引き連れて玄関から出てきた。昨日とは違って追いかけられてなくレナエルちゃんも焦っていなかった。


「いえ、私お付き合いしている人いるので」

「私のこの紋章、貴族の方なら分かると旦那様から聞いております」


 と、いう風に一日だけであしらい方が格段にうまくなっている。恐るべしレナエルちゃん。


「お、おい。ルカあれは何だ? レナエルちゃん平気か? そ、そしていまお、おつ……駄目だ怖くていえねぇ」

「昨日と違って大丈夫そうだよ。ちゃんとおじいちゃんも紋章も守ってくれてるみたいだし」


 あしらい続けているレナエルちゃんは僕達を見つけると、こちらに大きく手を振っていたので僕も振り返した。


「ルカおまたせ! すみません、みなさん。私はこれで」


 そう言うと僕と腕を組み馬車に乗り込んだ。アダン君が呆然としていたから僕が背中を押して、一緒に乗り込ませた。

 その際、今日は特別ですよ。と、トシュテンさんからアダン君を乗せることを見逃してもらった。


「アダン君大丈夫? ほらお水」


 座らせても呆然としていたので、コップを口に当てると奪い取るように一気に飲んでいた。


「あ? ああ?」

「どうしたの? 言葉忘れちゃった?」

 

 アダン君はうめき声みたいな声を上げながら僕とレナエルちゃんを交互に指さしていた。

 あ、さっきの付き合ってるってやつかな? 驚かせちゃったね。


「あれはレナエルちゃんを守るためだよ。昨日、大変だったんだよ今日の倍以上人がいてさ、なんかレナエルちゃんを嫁にとか言い出す人もいたからね」

「嫁っ!」


 あ、ちょっと言葉戻ってきたみたい。


「うん、だから方便だよ。ねぇレナエルちゃん」

「なんだ。そうだよな、マジで焦ったぜ。教えといてくれよ」


 アダン君がもう一杯というのでお水を出してあげた。それを飲もうとした時にレナエルちゃんが僕の腕に抱きついて「本当に方便かしら?」というもんだから、コップは落ちアダン君は座ったまま白い灰になっていた。

 そんなことをしてクスクスと笑っているレナエルちゃんに、やっぱり親子だよねそういうとこロジェさんにそっくりだよ、と感じたままのこと言うとレナエルちゃんも白い灰になっていた。


 それを御者席で聞いていたトシュテンさんはこらえきれず。

「ぶふぅ」と吹き出すように笑い、「失礼しました」と御者に通じる窓を締めていたけど、こらえきれない笑い声が漏れ聞こえていた。

 トシュテンさんとロジェさんが顔以外で似ているところを初めて発見した。


「おかえりなさい。おにいちゃん、おねえちゃん、おじいちゃん」


 何時ものようにアリーチェが僕達が開ける前に、扉を開けて笑顔で出迎えてくれる。

 しかも今日は僕達とおそろいの制服でお出迎えだ。なんてかわいいんだ!

 トシュテンさんとレナエルちゃんが「ただいま」と言ってアリーチェを撫でてから先に家に入っていったけど、僕は僕の妹のかわいさのあまりじっと見つめて動きが止まってしまった。


「ありーちぇ、おかえりなさいしたの」


 しまった。見とれすぎてただいまを言うのすら忘れていた。くぅ、僕のバカバカアリーチェがしょぼんとしちゃったじゃないか。


「ごめんよありーちぇ、あまりに可愛かったんで見とれちゃった。ただいま」

「だったらしかたないの、ありーちぇゆるしてあげる」

「ありがとうアリーチェ、よーし今日は肩車するぞ」

「うん!」


 アリーチェの両脇を掴んでふわっと優しく僕の肩に乗せる。そう言えばあんまり肩車はしてこなかったな。

 アリーチェのお顔が近い抱っこの方が僕が好きだってのがあるからだけどね。


 アリーチェを肩車しながら扉をくぐると、トテトテとみゃーこが駆け寄ってきた。そしていつもの様に駆け上ろうとした時にハッと気付いた様に立ち止まった。多分両肩がふさがっていることに気付いてしまったんだろう。

 しまったな。僕がアリーチェの制服姿を見たせいでテンションが上りすぎて肩を空けるのを忘れていた。


「ふふんなの」


 アリーチェが勝ち誇ったような声をみゃーこに掛けていた。

 だけど、みゃーこは再び駆け寄り僕の体を登り始めた。肩が空いてないのにどうするのかと思ったら、器用に僕の後頭部とアリーチェの間に入り込み頭全体に乗っかってきた。


「みゃーこ! じゃまはだめなの! あ、でもふわふわなの」

「そうそう喧嘩せず、みゃーこをふわふわしてなさい」

「はーい、ふわふわ、ふわふわ」


 アリーチェは間に入られた時には怒ろうとしたけど、みゃーこのふわふわの感触に負けてすぐに機嫌を直していた。

 

 僕はまだ慣れない家の中を移動して、皆が何となく集まるようになった食堂に入った。何となくここが一番家のリビングに近いからね。広さは倍以上あるけど。入ると母さんとレナエルちゃんがいた。トシュテンさんは呼ばれない限り家ではあまり姿を見せない。


「母さん、ただいま」

「おかえりなさい、ルカ。あら、仲良しさんね。みゃーこも私達にも懐いてくれれば嬉しいんだけど」


 そう言って母さんは僕の頭に寝そべるみゃーこのほっぺたをつついたけれど、相変わらずの完全無視だ。


「父さんとロジェさんははまだ帰ってないの?」

「ええ、まだね。いつになるのかしらね」

「じゃあ先にお風呂入ろうかな? レナエルちゃんも入るでしょ?」

「そうね、お願いしようかしら」


 僕はアリーチェとみゃーこを乗せたまま、レナエルちゃんと一緒にお風呂場に向かう。

 あ、別に一緒に入るわけじゃないよ。おじいちゃんが気を利かせてくれて、お風呂場を二つ作ってくれたんだ。

 二つとも同じ大きさで、一つが前の家の倍くらいの大きさの湯船だ。更にたっぷりのお湯につかれるようになったね。

 僕はまずレナエルちゃんが入る方のお風呂にお湯をためる。前世とは違いここは魔法があるから湯船を貯めるのも一瞬で時間もかからず良いよね。


「相変わらず溜めるの一瞬なのよね、前のお風呂の倍くらいあるのに」

「そりゃ、倍出せばいいだけだから入れる時間は変わらないよ」

「私はこの三分の一でも、ためたら魔力切れそうだわ」

「そりゃ僕はずっとやってるからね。レナエルちゃんも慣れたら魔力吸収しながら出来るよ」

「ありーちぇもできるようになる?」

「そりゃ出来るよ。アリーチェならいくらでもね」


 僕なんかが出来るようになったんだから、大体の人は出来る様になるんじゃない? 毎日お風呂に入る習慣とかなくてやってないだけでさ。


「じゃ、ごゆっくりー」

「いつもありがとうルカ」

「うん、どういたしまして」


 家族と言えど、いや家族だからこそありがとうって大切だ。だから言われた時にはしっかりと受け取るようにしている。家庭円満の秘訣だよね。 


 もう一つのお風呂場に移動して同じ様にお湯をためた。

 

「あ、今日はみゃーこどうする? お風呂は入る?」


 そう聞くとみゃーこは僕の頭から飛び降りて、トテトテと外に出ていった。


「みゃーこ、きょうは、はいらないの」

「そうみたいだね。じゃあ今日はアリーチェと二人っきりだね」

「うん!」


 アリーチェを肩から下ろすと、制服姿のアリーチェが見える。

 しまった、せっかく制服姿なのに肩車をしたせいであんまり堪能できなかった。

 くそぅ、一時のテンションで動くとこれだから!


「アリーチェ、お風呂上がったらまた制服着る?」

「おにいちゃん、おふろからあがったらぱじゃまなのよ。せいふくきたらめーなの」

「そ、そうだよね。うん、わかってた」


 僕は無駄なあがきと知りながらもう一度制服を着させようとしたけど、アリーチェはちゃんとしてるからやっぱり駄目だった。いや、でも新しく買ってもらったパジャマもかわいいから僕は大丈夫だ!


 ここのお風呂を用意してわかったことがある。前に手荒れとかしないから石鹸雑って言ったけど、訂正するよ。

 おじいちゃんとか貴族が使ってる物は、しっかりと進化している。平民が買えるものは値段重視なだけだった。


 だってここの石鹸すごくいい匂いで、泡立ちも泡切れもとっても良いんだもの。

 ただ、そのまま洗うと石鹸だから髪がキシキシするので、僕は洗う際に魔力でガードするようにしている。

 もちろんアリーチェの髪もだ。


 アリーチェの体を洗ってあげて、僕も自分で体を洗おうとすると、アリーチェが「おにいちゃん、おせなかながすの」と言ってくれて、小さな手で一生懸命こすってくれた。

 

 至福の時間の後、湯船に一緒に入る。ここの湯船は大理石で出来ていてまるで温泉のお風呂のように湯船のほうが床より下がっているからお風呂の縁が低くて入りやすい。

 足も伸ばせていい感じだなぁ。家でこんなお風呂に入れるなんて幸せだ。家はデカすぎると落ち着かないけどお風呂はでかくてもいいよね。水代もかからないし極楽極楽。


 さて、今日のお風呂は何にしようかな? 横でアリーチェが期待するように見てくる。

 うーん、知育と言って良いのかは分からないけど、これだな。


 最初だから六✕六のマスのパネルを用意した。


「アリーチェこの中から一個選んで」

「これっ!」


 アリーチェが選んだパネルの下からはこの世界での0を表す数字が出てきた。


「0?」

「うん、よく読めたね」


 そこでアリーチェに説明をするこの数字は周りにあるハズレの数だと、ハズレを選ばず全部パネルを選べればゲームクリア。ハズレを選ぶとディフォルメされたフォレストウルフが出てきてゲームオーバー。

 そう、最初からPCに入ってたりする。地雷に当たらないようにパネルをめくっていくあれだった。


 最初こそは、分からずハズレをよく引いたけどどんどん慣れていって、次々とクリアして行った。

 十✕十マスになったくらいで、父さん達が帰ってきた声が聞こえたので終了した。

 

 父さんが入ったわけじゃないのでお湯はそのままで、お風呂から上がってアリーチェの髪を乾かして外に出る。

 ばったりとレナエルちゃんと会ったのでレナエルちゃんも父さん達の声を聞いて上がったんだろう。


 まだ髪が濡れていたので、そこで立ち止まってもらいレナエルちゃんの髪を乾かし始めた。


「ふわ~気持ちいいわ。アリーチェはいつもしてもらってるの?」

「あい!」

「すごく良いわねぇ」

「ありーちぇのおにいちゃんはすごいの」

「言った意味は違うけど、確かにすごいわね」

「そんなに褒めても何も出ないよ。……はい、乾いたよ」

「ありーちぇがたしかめるの。わしゃわしゃー」


 アリーチェは髪乾いたチェックをレナエルちゃんにやり、いつかの僕と同じ様に髪をわしゃわしゃにしていた。


「あ、こら。アリーチェ何してるのよ」

「ちゃんとかわいてたの!」

「ごめん、レナエルちゃん。アリーチェ、人の髪をわしゃわしゃするの好きなんだ」

「まったく、ちゃんと直してよルカ」

「うん、ごめんね。アリーチェも僕にやるのは良いけど、あまり他の人にやっちゃ駄目だよ」

「おねえちゃんのほうがわしゃわしゃ気持ちよかったの」


 レナエルちゃんの髪を直しているとアリーチェがワシャワシャの感想を言う。

 ぐっ、アリーチェの素直な感想が僕の心を抉る。そりゃレナエルちゃんの方が見るからに髪質がいい。

 事実でもアリーチェに言われるとショックだった。


「でも、ありーちぇはやっぱりおにいちゃんをわしゃわしゃするのがすきなの」


 僕! 復活!


「なら、好きなだけわしゃわしゃしていいよ!」

「わーい、わしゃわしゃー」


 僕はまたアリーチェを肩車するとアリーチェはわしゃわしゃと楽しそうにしていた。

 さて明日からの学校も頑張る気力が出てきたぞ! 別に学校嫌がってないけどね!

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