小さな幸せと切なる願い
山崎香澄
高校1年生
01 マネージャー体験
まだ肌寒さが残る4月下旬。SHRが終わり、私は女子サッカー部の見学に来ていた。運動音痴がサッカーをする訳ではない。マネージャーとして選手を支えるのだ。サッカーの知識がゼロである私が、選手に支えられるという未来が見えているが――。
練習着はもちろん、入学前に購入した体育用のジャージすら手元に無い。大型連休明けに届くらしい。事情を説明すると、2年生であろう先輩から練習着を借りた。トレーナーに首を通すと柔軟剤のいい香りがする。
「外に2年生がいるから。声かけてみて。」
さっきの先輩の声だ。私はすかさず「はい、ありがとうございます」と言って走り出した。
太陽が西に傾き始めていた。冷たい風が頬を撫でる。さぁ、2年生はどれだ。知り合いが1人もいない高校に来たせいで、辛うじて同じクラスの子だけが分かる。偶然通りかかった、顔の分かる子から「あ、
『あの先輩』は、しゃがんで保冷用の氷を詰めていた。これは声をかけていいのか。いや、待っていても進まないだろう。よし。
「あの、マネージャー体験です。何かできることありますか。」
私の声で『あの先輩』の顔が上がった。その瞬間、私の周りからは音が消え、世界が2人だけになった。髪型はショートで男の人のような顔立ち。グレーにピンクのラインが入った練習着。あれ、ここって男子サッカー部だったっけ。でもピンクのライン入っているし――。後日思い返して気が付いたが、この時に一目惚れをしていた。
あれこれと脳内会議が活発に行われている中、『あの先輩』は気にかけることもなく、私に話しかけているようだった。しかし、これっぽっちも私の耳には入らなかった。すると、『あの先輩』は立ち上がり、長身の先輩のもとに行ってしまった。
辺りがすっかり暗くなり、夜空には一番星が見えた。山の上にある高校だからだろうか、こんなに綺麗な星空が見えるのは。
個々で柔軟体操をし、ペアでのパス練習。今はチームに分かれて試合をしている。故に三角コーンを運ぶしか仕事が無い。役立たずはベンチでぼんやりと試合を見ていた。
水分補給をするため、選手がベンチに集まって来た。その中の1人の先輩が私に気付き、「寒いでしょ、ほら」とベンチコートを差し出した。もちろん一度は断ったが、ただベンチに座って見ているだけの私に、拒否権なんてものは無い。最初は冷たかったベンチコートの温もりに浸り、今日2回目の試合を眺めた。直接見つめるには眩しすぎる程の明るいライトが、グラウンドで走り回っている選手達を照らしていた。
片付けを済ませ、部員が円になって集まった。部活の締めのあいさつ。私だけが何も分からないまま終わろうとしていた。無知で挙動不審な私に気付いた顧問の先生が止めた。
「ちょっと待て。
あの時の長身の先輩は彩芽さんと言うのか。締めのあいさつをひと通り教わっている間、周りからの優しい視線が向けられているのを感じた。頃合いを見て、再び顧問の先生が口を開いた。
「よし、じゃあ。もう1回やろう。」
「せーの。」
「「「(パン)。ありがとうございました。」」」
キャプテンらしき人の一声で、私のマネージャー体験は終了した。
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