第44話

「く。」


特に答えることもせずにアーサーと呼ばれた人物は無言で謁見の間を出て行った。


「すまないな。アーサーは私の息子なのだが最近私の仕事や普段の態度が気に食わないのか喧嘩してしまっていてな。不快な思いをさせたかもしれないが許してくれ。」


「あの子もあの子で色々考えているとはいえ少しばかり他国の思想に寄っています。おそらく他国からの留学生の影響でしょうが他の貴族の子息たちにも影響がでかねません。早急に対策会議を開いて行きますわ。」


「対策会議ってアストリアは政治には関与しないんじゃなかったのか?」

「婦人会です!ルチアも来てください!!」

「わかったわ。すぐに向かうから謁見終わらせなさい。」


婦人様方に圧倒された王はなくなくこう答えたという。


「もう好きにしてくれ。」


弱っ。


と謁見の間いる人物たちは思ったそうだ。


だが同情的な感情を向けるものもいた。

陛下直属の騎士や家臣たちだ。

この騎士や家臣たちもそうだがこの国の男性の家庭内地位はとても低い。

歩くATMでは無いが、女性は基本的に貴族であっても育児は自分で行うのが普通であった。


「陛下、私たちも妻に召集されると思いますので覚悟はできています。」

「うむ。ワシらは国のトップではあるが家庭のトップには成れそうにないな。」

「今や開拓村の村長となった彼が羨ましい気もします。」


家庭のお小言が無くて羨ましいと思う反面、大変な土地に心休まる家族がいないのも耐えられそうにないと思う心情だった。


「あそこは確かに不毛の土地でこそありますが研究好きの彼のことです。絶好の実験場だとでも思っているのでしょう。それに彼はずっと独身でしたからね。」

「惚れていた人間は数知れずと居たというのに不思議な男だったよ。全く我が父もあの程度の罪で優秀な人材を開拓村に送るのだから困ったものだ。」


村長が開拓村に送られた罪状はスラ坊で実験をしていたところ侍女をスライムまみれにしてしまったことだった。


「あの侍女は陛下のお気に入りでしたし、それに開拓村に送った後は上皇后にお叱りになられておりましたしね。上皇后様はすぐにでも連れ戻そうとしましたがあの方は村長の職業を持っている者が村長をせんでどうすると言って戻りませんでしたしね。」


あの男は前国王、もとい上皇から聞く話だと根っからの研究気質というか職業気質というか、学園にいた頃は一度人語を理解できないはずのスライムに学習を施し職員室に侵入させてテストの解答を覚えさせてカンニングしていたのだ。


しかもきちんと国王に賄賂として回答を見せつつ一部の解答を流し人心を掌握していくずる賢さは辺境の村で税をなるべく取らせないようにする村長そのものだった。


さらには研究も怠ることはなく文字通りの首席として恥じない論文の数々を提出していった。


本来であればこのようなことは1つ職業の人間でも中々できない優秀さだ。

それをあの男は3つ全てをやってのけた。

優秀と言わずしては上皇は無能になってしまうから誰もが認めていた。


あの村長の唯一の弱点があるとすれば女難だろうか?


「あの人のせいで結婚した人が減ったと言われるぐらいモテてたからな。」


何故かモテる。


優良物件ではあるが女性への気遣いが一切皆無な村長。


彼がモテているのは当時の学園7不思議の一つとなっていた。


ちなみに残り6つも全て村長関係である。


「婦人会のメンツもあの人に惚れてた人たちの娘だし勇者に悪い影響を与えないと良いんだが。」


純愛は確かに良いのだがそればかりに恋焦がれていた親を見て育った彼女たちは世間体と相まって純愛に走っていたら生き遅れるという感情が生まれていた。


勇者はあくまでも純愛でなければ生きていけないのだ。

無理に強要して王国から逃げ出さなければ良いと思うが…


「いやルチアさんの娘ってだけでもう無理でしょう。私も勇者については存じ上げていますが…しかもあの方の性格を間近で見てきたルチアさんいわく勇者の惚れた幼馴染もあの方と同じような性格ですし。」


「王都からの脱走は避けられんか。」

「そこは運次第かと。」


国王は頭を抱えていた。


「なんとかしてその幼馴染を王都に連れて来れないのか?」

「調べたところによると彼の職業はダブルの農民とスライムトレーナーだそうで。」

「スライムトレーナー?」

「ええ、教会の方に問い合わせたところ初めて見つかった職業だそうです。一応他国の教会の方にも問い合わせているそうですがモンスターのテイマー職はございますがトレーナーは初めてのことかと思われます。」


今までにトレーナーと名のついた職業は一つしかなかった。


「ふむ。今まで確かトレーナーという職業で確認されたのはボディビルドトレーナーだったな。」


初代勇者は女性でありその幼馴染にして思い人である青年の職業はボディビルドトレーナーだった。


「はい。初代勇者の思い人である方のみが確認されています。」

「して能力は。」

「身体を育て上げることに特化した能力ので世の女性や男性を理想の体型にするための料理、運動、睡眠などその他諸々を完璧にこなせるようになる職業とのことです。」


尚他にもボディビルダーという職業は存在するがそれは本人のみに変化が現れる職業だった。


「初代勇者様の話は有名だ。まだ王太子であるアーサーには伝えていないとはいえ勇者は思い人以外とは結ばれることはない呪いにかかっているが初代勇者様は決して結ばれることはなかった。故に初代勇者の末裔を名乗るものはおらん。他国の影響を受けている今の状態で勇者を妾にするとでも考えてしまったらこの国は滅ぶと思うか?」


ここにいる皆に問うた。


「間違いなく滅ぶでしょうな。」

「ええ、決して世に出してはいけない秘密ゆえに子供には秘匿しておりましたがこれでは王太子が暴走してしまう。学園に上位貴族を教師として送るかしますか?」


1人の臣下が進言するが勇者が来たこの時期学園に教師を送り込めば下手な勘繰りをされてしまう可能性は大いにある。


例えば勇者を引きとどめるために美男を学園に送り込んだとか、美女であれば後々に王家に取り入れるために悪い虫をその美女に任せるためだとか。


見た目が悪い人物を入れる手もあるが優秀な人物で功績を挙げていなければ理由にならない。


美男美女であれば生徒のやる気にさせるためのとか色々下世話な話ではあるがそういった理由で王家は何回か送り込んだ事例があるため例外が効く。


「該当しそうなモノは今開拓村に行っておる。」


結局あの方に頼むしか無いのだが、あの方は断固として王都に戻りたがらないだろう。


あの方が満足できる研究がこの王都には存在しないからだ。


「あの方以外ですと居ませんな。」

「では勇者の幼馴染を王命をもって学園に入学させては?彼ならばあの方と同類とのことですし勉学なども良いはず。何より初の職業という大義名分もございます。」

「しかし勇者が王都に行くというのに見向きもしなかった人間だ。無理に連れて行っては不満が残り勇者も思い人が気分を害されたまま学園に居ては印象がよろしくないのでは?」


といか村長と同類の時点で自分のことしか興味が無いだろう。

報告書を見る限りでは外に行きたがらない典型的で閉鎖的な田舎者だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る