「冬眠」したらデバッグモードになったので開発画面でスキルを自作しました ~管理者よ、お前一度もテストしてないだろ! 冬眠スキル使った瞬間にデバッグモードに入ったんだが?~

たろいも

1、ブラック労働中のお取り扱いにはご注意ください

 彼、「東木とうき 禰太郎ねたろう」は見覚えのない暗闇に立っていた。

「チッ」

 何が起きたのか分からず、周りの様子を伺おうとしていた禰太郎の耳に、舌打ちが響く。


 だんだんと闇に眼が慣れ、ここがどうやら廊下らしいことが分かった。少し先には扉があり、半開きの扉からは僅かに光が漏れている。

「どこかのオフィスかな……」


 勝手に入り込んでいいものか、と迷いはしたが、状況が分からない以上、仕方ないと割り切る。禰太郎は扉に近づき、そっと開けて中を覗く。

 足元でカランという軽い音が響く。扉が床に落ちていた空き缶に扉が当たったのだ。

「ブラックブル?」

 見たことのあるようなデザインの缶だ。こんなエナジードリンク飲んだことあるなぁと思いつつも、そのような物の空き缶が転がっているオフィスとは、"黒い"予感しかしない。

「しつれいしまーす」

 大きすぎず、かつ小さすぎない声を出しつつ、そっと室内へと入り込む。


 それなりの広さのオフィスに、オフィス机が並んでいる。いずれの机も、お世辞にも整理されているとは言い難い状態だ。

 今は夜なのか、オフィスの照明は落ちており概ね無人である。そう、"概ね"だ。1カ所だけ、デスクの照明が点いている。

「あー、くそっ」

 その机から悪態の言葉が聞こえた。



 禰太郎はゆっくりと机に近づいた。

 そこにはかなりくたびれた様子の女性が、パソコンに苛立たし気な表情を向け、当たり散らすようにキーボードを叩く姿があった。

 たぶん、小綺麗にしたらかなりの美人であろう。色白で金髪碧眼な顔の造形は整っており、ノーメイクとは思えない美しさだ。だが、目の下には深く隈が刻まれ、手入れされていないであろう金髪はボサボサの状態で、無理やりアップでまとめ上げられている。ヨレヨレのパンツスーツは、数日は着っぱなしに見える。


(うわぁ、ブラック労働中か……)

 あまり話しかけたくないなぁ、と思いつつも、状況の分からない禰太郎は、遠慮がちに声をかけた。

「あ、あの~」

「はぁ!?」

 凄まれた。


──ピロリン♪


 突然パソコンから音が鳴る。

「あぁ!? またかよ!!」

 そして女性がキレた。キーボードを叩く音は更に激しさを増した。


(どうしよう、やっぱりもう一回話しかけたほうがいいかなぁ……)

 禰太郎が躊躇っていると、女性は"はぁぁぁ~"と聞えよがしにため息をつき、

「ソレ」

 顎で禰太郎の前にある5cmチューブファイルを指し示す。背表紙には「転生サービススキル仕様」と書かれている。

「転生? 俺、まさか死んだ?」

 禰太郎の呟きに彼女は反応せず、ひたすらキーボードを叩く音のみが響く。


 チューブファイルを開いてみようか、どうしようかと迷っていると、再びため息が聞こえ……、

「顧客がアンタを間違って殺しちゃったから、うちの世界に転生させんの。早く転生ボーナス選んで」

 彼女は視線をパソコンに向けたまま、一気に述べた。


 元の世界に生き返るという選択肢は無いのか?と思いつつも、仕方なく禰太郎はチューブファイルを開く。

 冒頭には目次があり、それ以降はそれぞれのスキルの……

(なんかフローチャートが書いてある)

 まさかの詳細仕様書であった。ここから選べということらしい。


 詳細仕様なんて見ても良く分からないため、仕方なく目次を確認する。


 成長補正

 製作

 鑑定

 各種魔法

 各種剣技

 各種槍技

 ……etc etc


(もしかしてファンタジー世界に転生するのか!?)

 ちょっとテンションが上がる禰太郎。だが、目次を見渡しても、彼が希望するようなスキル、もしくはそれに類する物が見当たらない。


「あのー」

 未だにキーボードを叩き続けている女性に声をかける禰太郎。

「どれにすんの?」

 女性は有無を言わさぬ様子で禰太郎に問いかける。が、禰太郎の希望する物は此処にないのだ。


「ここに無い奴が欲しいんですけど」

「はぁ!?」

 これまで一度も禰太郎に視線を向けなかった女性が、片目を見開き睨みつけるように禰太郎へ顔を向けた。


「いえ、ですから、ここに無い奴を作れたりしないです?」

 禰太郎の言葉に、一瞬の静寂が訪れる。

「チッ、新スキル実装とか面倒なこと言うんじゃねぇよ」

 女性は舌打ちと共に、小さな声で何やら文句を言っている。

 再びキーボードを叩き始めた女性に、禰太郎は渋々「転生サービススキル仕様」から選ぼうとチューブファイルに手をかけ──

「……はぁ~、で、何がほしいわけ?」

 苛立ちを吐き出すように息を吐き、女性は禰太郎に問いかける。


「冬眠です」


 女性は一瞬キーボードの手を止め、禰太郎の言葉をしっかりとかみ砕いているようだ。

「……は?」

 そしてたっぷり時間をかけた後、今度は怪訝な表情を禰太郎に向けた。


「寒いの苦手なんで、冬の間、冬眠したいです」

「はぁぁ!? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ!?」

 禰太郎はものすごい勢いでキレられた。ブラック労働中の奴に滅多のことを言うものではない。



 かくして、"東木とうき 禰太郎ねたろう"は、異世界に"トーキ"として転生した。

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