第4話 荒ぶる獣、従順な部下を欲す


「大事な時にいられなくてごめんなさい。自己管理が甘かったです」


「なに、二人でちょうどよかったさ。お前さんまでピンチになったら目も当てられん」


 殊勝な顔で頭を下げる沙衣に、俺は新聞越しに手を振った。


「兄貴、溝口裕美の霊が言ってた『男爵』って、なんなんスか?」


「三年前、SNSで人気があった投稿者の通称だよ。話題が豊富で動画の編集センスが良かったことから幅広い世代に人気があったそうだ。ただ本人の顔が一切出なかったことから、年配者か有名人が別名義で遊んでいるのではとの憶測が流れたらしい」


「霊が大垣の写真を見て『男爵』だと言ったってことは、やっぱり大垣が『男爵』で、溝口殺しの犯人だって事スかね」


「その可能性が高いな。つまり被害者は最初、大垣だと思って会ったのではなく『男爵』だと思って会ったわけだ。初めて大垣を見て、SNS上の『男爵』とイメージが違ったのかもしれないな」


「それで帰す帰さないでもつれて殺してしまった?」


 声を低めて割りこんできたのは、沙衣だった。


「一課ではすでに大垣が『男爵』らしいということは暗黙の事実になっているそうだ。単に霊が犯人は男爵だと漏らしただけじゃ尋問の足しにはならない。大垣が怪談に弱ければ脅しにはなるだろうが、俺たちが霊に会うのはそのためじゃない。ぐうの音も出ないような物的証拠を入手したいからだ」


「そのためには浮遊霊の同行が不可欠だって事スね。だんだんわかってきました」


「ところがその同行者をかっさらわれちまった。俺としたことがふがいないぜ」


「かっさらわれた?どういうことなの、カロン」


「亡者だよ、ポッコ。どうやらまたも奴らがしゃしゃり出てきたらしい」


「亡者……『ヒュドラ』の正体は亡者だって事?」


「わからん。『ヒュドラ』が五件目の殺人を行ったのは四年前だ。二件の殺人が『ヒュドラ』を装った模倣犯罪だとしても、大垣が『ヒュドラ』じゃないのなら『ヒュドラ』イコール亡者とはいえない」


「もう一つ考えられるのは、『ヒュドラ』の殺人が止まったのは亡者が去ったせいで、その後、亡者が第二の『ヒュドラ』に選んだのが大垣だっていうシナリオね」


「大垣から「何かに操られて殺した」って自白が取れれば俺としてはやりやすくなるんだがな。……もちろん、そんな理由で罪が軽くなるなんてことはないが」


「もう一件の殺人も亡者がらみだってわかれば、自白も取りやすくなるんじゃない?私も今度こそちゃんと現場に行くわ」


「そうだな。……よし、二件目の現場は俺とポッコで行くことにしよう」


「えっ、俺はどうなるんスか兄貴。そりゃあ前ん時はちょっとバタバタしましたけど、今度『亡者』が出たら俺が兄貴とポッコさんを守ります」


 必死の形相で懇願するケヴィンに俺が「そうだな、ちょっと不安だが……」と善処しかけた、その時だった。ドアが勢い良く開けられ、凶相持ちの上司が姿を現した。


「おい、もう一件再捜査が飛びこんできたぞ。面白い事件だ」と言った。


「面白い事件?」


「ああ。なんでも現場に出る被害者の『霊』がよく喋るらしくてな。目撃者の中には喧嘩を始めた奴までいるらしい」


「へえ、そりゃ見て見たいですね。……と、あいにくと俺はこれから『ヒュドラ』の方に行かなくちゃならないんで。ケン坊とダディで行ってくるってのはどうです?」


 俺が提案するとケヴィンが「兄貴、そりゃないっスよ」と言った。


「ふん、洒落た事を言うじゃないか。そうしてみるか。俺には霊は視えないから、被害者と話すのはもっぱらケン坊ってことになるな」


「ひゃあ、俺がやるんですか?無理っスよ、兄貴もいないのに」


「経験を積むいいチャンスじゃないか、ケン坊。行って来いよ」


「そんな殺生な。兄貴、俺も連れて行ってくださいよ」


 早速ダディに首締めされているケヴィンを見ながら、俺は沙衣に「さ、現場に行くぞ。すぐ支度しろ」と言った。


               〈第五話に続く〉

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