いじめの告白

旬なトマト

いじめの告白

『ごめん。俺の視界からお前を消したかったんだ。』



そう言って3年の付き合いの親友である彰と翔平が、僕にいじめを告白し、謝罪している。



3月24日、今日は中学校の卒業式だった。式は何事もなく終わるはずだったんだけど、思いもよらない事態になった。式の間、彰と翔平の顔がずっと青ざめていたんだ。まるで自分のトリックが見抜かれた、探偵ものの犯人のように。



中学最後のホームルームのあと、3年間の思い出に浸りながら教室を見回していると、向こうからあの2人がやって来るのが見えた。


今日一日、晴れ晴れとした表情で過ごす周りとは対照的に笑顔を見せない彼らに、『何かあるんじゃないか?』


そんな疑問が頭をよぎったが、次の一言でその疑問は確信に変わった。


『大事な話があるんだ。付いてきて。』


やっぱり変だ。何かある!


手をぎゅっと握ったまま階段を上る彼らの後ろ姿から、とてつもないプレッシャーを感じる。



屋上に着いてこっちに振り返ると、彼らは唾をごくりと飲んであの言葉を言い放った。



『ごめん。俺の視界からお前を消したかったんだ。』



その瞬間、僕の体中の汗腺から止めどなく汗が吹き出して、体が震えだしたのがわかった。この3年間、この二人と僕にはたくさんの思い出がある。


その楽しかった思い出の全てがガラスのコップを落としたように砕け散った気がして、僕は心から彼らを軽蔑した。


僕は3年前、中学受験でこの学校に入ってきた。小学校は地元の公立校に通っていたし、この学校は小学校から上がってくる人たちが多いらしく、友達ができるのかどうかが入学当時の一番の不安の種だった。



そんな時、僕に爽やかな笑顔で声をかけてくれたのが翔平と彰だったんだ。


僕の鞄から落ちたアニメのキーホルダーを見て、拾ってくれたんだ。


『このキーホルダー鬼滅のだよね!?ホントに面白いよね!このアニメが好きなやつに悪いやつはいないよ!』



『なになに?鬼滅の話?俺も混ぜてよ!』



アニメの話で盛り上がった僕たちはすぐに仲良くなった。



それから僕のなかでは今日まで、たったの一回も「お前を消したい」なんて浅はかで残酷な感情が芽生えた記憶なんてない。


でもあいつらは違ったんだ。



『持ち物を見つけてあげたのも、LINEの悪口を見つけてあげたのもわざとだったんだ。』



彼らが持ち物を見つけてくれたのは、自分で隠して自分で見つけた自作自演。LINEの裏グループでの悪口も、違うアカウントを使って自分で書いて教えた自作自演。


僕は毎日のようにLINEで悪口を書かれ、毎日のように持ち物を隠されていた。


もはやそれが日常と化していて、


『ひとに嫌われる性格なんだな』


と特に気にしていなかったけど、それが全部、信じてた奴らがやったことだと思うと、何百回ものいじめの重みが一気にのし掛かってきたんだ。



裏切られていたことがショックでならなかった僕は、身体中の筋肉が伸びきって、歩くことも難しいほどに体に力が入らなかった。


それから憔悴しきった僕は、その日は一人で家まで帰ることにした。



やっとの思いで家の玄関に倒れこむと、心配した表情で「どうしたの!?」


と母が声をかけてきた。


ショックを和らげてくれると期待して、母に全てを告白する。


すると、


『そんなの親友じゃない!!』


『今すぐ縁を切りなさい。そんな人と関わっちゃダメよ!!』


と母は当然のように言い放った。



『もういい。うるさい。』



それ以上の言葉は出てこなかった。


そんなのわかってる。3年間も友達だと信じてきたやつに裏切られたんだぞ!?


俺がほしかったのはそんな言葉じゃない。



その足で自分のベットに潜り込む。


天井を見つめながら、あいつらのことを頭に巡らせる。火山の噴火で吹き出すマグマのように頭のなかからいろんな感情が吹き出してくる。



もう何もかもが嫌になりそうになったその時、あるワイドショーの評論家の言葉が頭に浮かぶ。



『いじめっていうのは、被害者が一定の人間関係のあるひとから、心理的、もしくは物理的な攻撃を受けたことで、精神的な苦痛を感じているもののことを言うんですよ。』



『一定の人間関係ってなんだよ!物理的攻撃ってなんなんだよ!』


僕は叫びたくなった。



いじめってなんだろう…。



そこまでいって僕は行き詰まった。


「あーもう。なんなんだろう…。」



 


あれから何時間経っただろう。


時計を見ると、3時間もたっていた。


お腹がすいた。


「はーっ」とため息をついて立ち上がったとき、タイミングを見計らっていたかのように閃きが降りてきた。



『いじめは、自分の心が生み出す被害妄想なんじゃないかな。』



そうか、そうかもしれない。


そういえばLINEのことも、自分がいじめだと意識したから辛い思いになったわけだし、


物を隠されたことも同じだった。



『いじめかどうか決めるのは自分自身だ。』



そう気付くと、すべての悩みがふわっと飛んでいった。


さっきまで体にのっていた妙な重みは消え、体が軽くなった僕は気付けばベットから出て玄関にいた。


翔平と彰のことも、今なら許せるような気がする。


『いってきます!』


そう言って雲ひとつない空の下、スキップしながら散歩に出掛けた。

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