何かがいる

きと

プロローグ

 離れていく故郷の町並みをある少年、岩永刀祢いわながとうやは乗った列車からぼんやりとながめていた。

 髪の毛は、少し赤みががった黒髪で、身長は中学校以来あまり伸びず、他の同年代の男性と比べて少し低いくらいの少年だ。顔も童顔で、今年で大学一年生とは、あまり見られないかもしれない。

 向かいの席には、刀祢と同じ大学の同じ学科に進学する中学校以来の友人、桜井四郎さくらいしろうの姿があった。

 四郎は、刀祢とは違い真っ黒な髪をしており、身長も刀祢より高い。顔つきも、四郎自身の優しい性格がにじみ出ているかのように穏やかだ。

 そんな四郎は、小説を読むのに集中していて、いたずらしても気づかないかもしれないな、と悪い考えが頭をよぎる。

 中学二年生ぐらいの刀祢なら、そんないたずらを嬉々として決行していただろうが、特に面白そうないたずらも思いつかないので、大人しくお菓子やジュースを飲み食いして退屈な移動時間を過ごすことに決める。

 中学二年生。

 その時期のことを刀祢は思い出す。

 故郷で昔から守られて続けてきた奇妙なしきたり。

 満月の夜。子供は二十二時、大人は二十三時に寝ること。

 今、目の前にいる四郎と、この奇妙きみょうなしきたりの真相に迫ったあの夏休み。

 しきたりの真相を明らかにすれば、刀祢と四郎は町のヒーローになれると思っていた。

 でも、現実は違った。

 二人は、やぶの中のへびをつついて、その毒牙にかかっただけだった。

 世の中には、どうしようもないことを知ったあの夏。

 世の中には、正義感だけでは解決できないことがあることを思い知ったあの夏。

 列車の窓から、あっという間に見えなくなってしまった故郷を思いながら。

 刀祢は、あの夏のことを思い浮かべる。

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