第17話! ハガネ依存症
十方ソウタは思い悩む高野チヨを見ていた。
どこから見ても、誰の目にも完璧な美少女に見えるチヨなだけに、思い詰めた姿もまた儚げで趣きがあるのだが、今日は少し違うように見えた。
理由は明白で、今日はあの金剛ハガネが登校していないのである。
金剛ハガネといえば、高野チヨ。
高野チヨといえば、金剛ハガネ。
切っても切れない縁で二人は結ばれていると、学校中の誰もが信じて疑わなかった。
その高野チヨが今朝は一人で登校してきたのである。
「まさか!? あの、金剛ハガネが……風邪?!」
「あの金剛にひける風邪があったのか?」
「あの金剛に取り付くウィルスなんて、俺たちならひとたまりもないんじゃないか?!」
「いや、風邪とは限らないぞ! もしかしたら怪我でもしたのかもしれない!」
「まさか?! あの金剛が……怪我を?!」
「もしもそれなら今頃街は火の海だぜ?」
「天災クラスの災害でもなければあの金剛がかすり傷を負うこともないはず……」
「じゃあなぜ金剛ハガネは登校しないのだ?!」
中にはハガネを人間扱いしているのかどうか怪しい声もあるが、それは彼女の、『金剛』の強さを信じて疑っていない心の表れでもある。
そして噂は噂を呼ぶ。
「なんでも、金剛は昨日の武術大会に出場しなかったらしい」
「第一試合から棄権になってた!」
「代わりに最上ってのが優勝したらしいけど……」
「えっ! じゃあ、あの告白するって話はどうなったの?!」
「告白って……?」
「なんでも、あの高野に大会で優勝したら告るってウワサで……」
「じゃあ、それも流れちゃったってことなの?」
「いや、そもそもあの二人ってまだ付き合ってなかったの?」
「いや、マジそれなんだけど……」
この学園内に限って金剛と高野の二人のプライバシーはあってないようなものだった。
さて、そんなウワサの的になっている当の本人は、そんな声などまるで聞こえずただただ悲しみに暮れていた。
「うううっ……ハガネちゃーん……」
「えっと……高野くん……キミがそんなに落ち込まないでも……」
「うううっ……蓬莱さん……」
「いいや、そんな涙ぐまれても……てかやめて、そんな瞳で見られたら、変な気分になっちゃうから……」
とここでも類い稀なる美少女ぶりを発揮してしまうチヨだった。
「本当なら……学校なんて来ている場合じゃないのに……すぐにでも探しにいぎだいっ……ぐすすっ……」
普段の二人の様子を知る者からすれば、チヨが朝から晩までハガネのお世話をして、ハガネがチヨの存在に依存しているように見えるが、実のところはそうではない。
実際はハガネにチヨが依存しているのだ。
ハガネの世話をすることが存在意義のチヨにとって、その世話する相手がいないというのは心許ないどころの騒ぎではない。
「うううっ……ハガネちゃん……大丈夫かなぁ……お腹空いてないかなぁ……なにか食べてるかなぁ……どこかで車を轢いてないか心配だよ……あああっ!」
言葉の中に少しおかしな部分があるが、ソウタたち友人は今さらそんな些細なことは気にしない。
「大丈夫だ……金剛なら一人でも生きていける。心配なのはお前の方だ」
そうチヨの身体の方を気遣うのはボスである。
「でもぉ……でもぉ……」
いつもはしっかり者のチヨだが、ことハガネのこととなるとこうして取り乱す。
彼、高野チヨにとって、金剛ハガネはなくてはならない存在なのだ。
それがこの後、二週間近くも続いてしまう。
一週間目で、ハガネの居場所が判明したのだが、追いかけることを師匠でもある金剛正成に止められて、余計にチヨは憔悴していく。
誰よりも信頼を置いて欲しい相手を、奇しくも裏切ってしまうこととなり、それがずっとチヨに悔恨の念をもたらし続ける。
蓬莱さんもソウタもボスも、二人の間になにがあったのか詳細は知らない。
しかし、あの仲のよかった二人が離ればなれになるなど、余程のことがあったと想像は出来る。
だから気遣う。
片や、原理不明の超絶格闘技の金剛流の娘と、片や古くからの日本舞踊の本家の息子……。
家のこと、修行のこと、さまざまなことがあるだろうが、それらに深入りは出来ない。
ただ友達として側で見守ること以外は……。
「おい、高野……連絡がある……放課後、指導室に来い」
「はい」
眼下に紫色の隈を作ったチヨは担任の徳山先生に呼ばれていった。
そして戻ってきたチヨは、やや安堵の表情をしていた。
「なんだって? 金剛が見つかったのか?」
「うん……明日にはこの街に戻ってくるって……」
「そうか……よかったじゃないか」
「ありがとう、ソウタ……」
「いいってことよ……」
「それよりも……高野も休んでおいた方がいい。金剛が戻ってきて、お前のそんな様子を見たら、金剛の方が心配する」
「うん……そうだね……ありがとうボス」
そんな二人の友人の言葉に助けられて、チヨは帰ってきたハガネにいつもと同じ姿で再会することが出来たのだ。
ハガネが道場に戻ってきて、そのまま倒れるように眠ったので、いつハガネが起きてもいいようにチヨも道場に寝泊まりをしていた。
目を覚ましたチヨはハガネと話をした。
「ごめんね……ずっと隠してて」
「ううん……アタシが気付かなかったのが悪いの」
「ハガネちゃん……」
いつの間にか、ほんの数日会わなかった間になにがあったのか、ハガネはとんでもない成長を遂げていた。
そしてその成長はチヨを焦らせるものだった。
「ハガネちゃん……一体どうしたの? なにがあったの?」
「うん……ある人とね……話をしたの」
「話? どんな?」
苛立ちと共に自分の中にどす黒い感情が渦巻く。
自分にそんな感情があっただなんて、チヨは初めて知ることとなる。
(本当なら、ボクがハガネちゃんを導いてあげたかったのに……)
「んっとー……ハンバーグの話」
「は? ハンバーグ?」
「うん! チヨちゃんのハンバーグが世界一美味しいって話をしたんだ」
「えっと……それは……そう言ってもらえると嬉しいというか……恥ずかしいというか……」
「でもね、それ以外にもいっぱいハンバーグがあるから、それも食べちゃおうって話をしてくれた人が居たの」
「う、うん……」
チヨにはハガネの言っていることが理解出来ないでいた。
それはこの数年で初めてのことだった。
(ハガネちゃんが、ボクの知らない話をしている)
それだけで心の奥からいやぁーな感情が沸き上がってくる。
「それで、なんとなくスッキリしたから、帰ってきたの! チヨちゃんのハンバーグを食べたかったから!」
ハガネが目覚めた朝、そうリクエストをもらったのでチヨはハガネの為に大量の特製ハンバーグを焼いた。
「それで? その人って一体誰なの?」
「あれ? 誰だっけ? えっとね……お嬢様みたいだった」
「お嬢様?」
「うん! ハンバーグお嬢様!」
「ハンバーグお嬢様ぁ?」
「あー……でも、アタシにとっては、もはや師匠みたいなものだから……うんハンバーグ師匠だね!」
「そ、その呼び方は、やめておいた方がいいと思うよ……いろいろな意味で……」
「そうなの? 今度会ったら名前聞くことにしようっと!」
(いや、絶対名乗ってるけど、これハガネちゃんが聞いてないか忘れてるパターンだよね)
さすがはハガネのことをよくわかっているチヨだった。
翌週になって、二週間ぶりにハガネとチヨがならんで登校してきた。
また二人は全速力で予鈴が鳴る寸前の校門を砂塵巻き上げて駆け抜けていった。
その光景を見た生徒たちから歓声が上がった。
「うぉおおおっ! 金剛が! 金剛ハガネが……帰ってきたぁああっ!!」
「当然高野も一緒だーーーっ!!」
十方ソウタは笑顔で復帰したハガネとチヨを見て、安心する。
「やっぱ二人一緒じゃないとな」
「ああ」
ソウタの横でボスも渋い顔を声で頷く。
しかし彼らは知らない。
やがてこの学校ごと、戦いの渦に巻き込まれていくことに。
そしてそれは、季節外れの転校生によってもたらされることに……。
その少女は黒いセーラー服を纏って彼らの前にその姿を現した……。
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