オセロと同調

旬なトマト

オセロと同調

『プルルルル』


いつもと同じように鳴る目覚ましを止める。


まだ暗い空のなか、テキパキと身支度を済ませて私はテレビ局へ向かう。



まだ誰もいないバスや電車を乗り継いで向かう時間が、みんなより早く起きている優越感に浸れて、私は好き!



『でもどうしてテレビ局に』って?



それは、日本中に朝の目覚ましを鳴らすためだよ!



そう!私陽菜は、朝の情報番組のアナウンサーをしている。



この番組の担当になってはや1ヵ月がたつけど、ここ数日の私は落ち込み気味…。



最初はただ必死に頑張ってた。けど少し余裕が出てきて、ただ原稿を読み上げているだけで、自分に『人を動かすだけの発信力』があるのか心配になってた。



そんな時、古い友人から一件のLINEがきた。


彼の名前は湊太。高校の同級生であり、私の恩人でもある。


内容は飲みのお誘い。このご時世なので、流行りの『Zoom飲み』をしてみることに!



約束の日は、仕事終わりにお酒とおつまみを買って、30分前から画面の前に座っていた。



待っている途中、高校以来の彼がどんな風になっているのか、


『身長伸びたのかな?』


『雰囲気変わってたらどうしよう!』


なんて思っていた。


するといきなり画面が変わり、彼が登場!



いきなりのことで慌てつつ画面のなかを覗くと、なんとそこには誰もが知る人気YouTuberの姿が!



画面の中の彼はYouTubeでの彼そのもので、驚きのあまりしばらく彼の話が耳に入らなかった。



気を取り直して飲み始めた私達は、会ってなかった時間が嘘のように話が盛り上がった。



久しぶりに疲れを忘れられて、すっごく楽しかった!



話に一区切りついた頃には、もう夜中の12時。


『そろそろお開きにしよう』とそのまま解散した。



せっかくパソコンを開いていたので、『そういえば』と彼の動画を見てみた。


『人狼なし人狼ゲームしてみた-w』


思った通り、彼の動画のコメント欄は称賛の嵐だった。



中でも『旬なトマト』というアカウントの人は彼の熱烈なファンのようで、神を崇めるかのように彼を褒め称えていた。



その頃の私は、『人気者は生まれながらに人を動かす力を持ってるんだなぁ』としか思っていなかった。


しかし、この考えが180度変わる事件が起こる。



しばらくしたある日の本番で、報道するニュースの原稿に衝撃的な内容が…。



それは、彼がコロナに感染したと同時に、緊急事態宣言下での会食をしていたのでは?


というものだった。



心配になった私は仕事の合間に、ネットでどんな書き込みがあるかチェックしてみた。


するとそこには、つい先日まで彼を褒め称えていた『旬なトマト』の誹謗中傷を中心に、いろんな人の中傷が集まっていた。



私の手がひとりでに震え出す。


スマホを落とさないように震えをおさえようとするも、あの悲惨な記憶が蘇り、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。



高校生の頃、私はいじめられていた。昔から正義感が強く、周りに合わせるのが苦手だったために、色々な話に首を突っ込んで注意していた。



当然うざがられるわけで、クラスの不良に目をつけられてしまっていたのだ。



最初は仲良くしてくれていたクラスのみんなも、しばらく経つと不良グループに同調して私を攻撃するようになった。



このときから私は、『同調圧力』に怯えるようになってしまった。


そんな私を気にもせずに接してくれた人。


それが彼なのだ。



彼のお陰で不登校になることもなく、卒業式に出ることができた。



だから私は、『信用してた人が態度を覆す』ことの恐ろしさを知っている。


『こういうときは当たり前のように接すればいいんだ。』


彼がしてくれたように。



早速LINEで『おはよう!』『今日の夜Zoom飲みしようよ!』と送ってみた。



彼は2つ返事でOKしてくれたので、その日の夕方から飲み始めた。



飲み始めてしばらく経ち、お酒がまわってきた彼から一言。


『陽菜は、いきなり失った、信用してた人を取り戻せると思う?


俺はできると思うんだけど…。』


『できるでしょ!湊太なら!』


『本当に!?』



余程落ち込んでいたのだろうか。今までにないほどほっとした表情をしていた。


『これから頑張るから見ててね!』


『もちろん!』



それから彼は言葉通り世間の信頼を回復していった。



彼が発した言葉はたったひとつ!


『おはよう』だけだった。


彼は来る日も来る日もその言葉を発した。


すると、今まで彼にかかっていた同調圧力も、一見覆せないように見えていたが、その一言で、驚くほどに覆った。



あの報道も誤報だったのではないかという疑惑があがり、彼を批判するものは誰もいなくなった。



その顔に笑顔が戻っていく姿を見て、なにか大切なことを気づけた気がする。



ある日突然共感を集めたり、逆に誰も寄り付かなくなったり。


共感というものは、広く浅い。



それはまるで、白黒がころころ変わる


『オセロの駒』のようだ。



そしてそれを動かすのは、『おはよう』のような、単純な言葉。



人生というオセロの試合を勝ち抜ける人に、私もならなければ。

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オセロと同調 旬なトマト @shuntoma

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