出来たばかりの後輩な彼女が初々し過ぎて、困るけど可愛い

久野真一

第1話 後輩な彼女が初々し過ぎる件について

 今、俺、坂下裕也さかしたゆうやは幸せの絶頂に居る。

 後から振り返ると「若いなあ」とか思うかもしれないけど、知らない。

 だって、高校二年の春にして、ついに初彼女が出来たのだ!


 お相手は、清水女学院しみずじょがくいんに通う一歳下の女の子。

 名前は真中久美まなかくみ

 ずっと美しくあって欲しい、という願いが込められた名前らしい。

 その名前に恥じず、久美ははっきり言って美人だ。

 中高と共学に行ってたら、それはもうモテモテだっただろうと感じる。


 そんな久美と俺は、中学の頃からちょくちょくと一緒に遊んでいた。

 俺は既に彼女にぞっこんだったから、毎回ドキドキだった。

 でも、久美の事情を考えると、それが恋なのかずっとわからなかった。

 しかし、しかし、だ。今日、土曜日のデートは、ちょっと違った。


 二人でオーケストラを聴きに行った帰りのこと。


「今日はほんと楽しかったよな」


 俺自身は、オーケストラとかはそんなに興味はなかった。

 でも、久美の趣味に付き合っている間に、普通に楽しめるようになっていた。

 満ち足りた気分で、そんな事を言ったのだけど、彼女はといえば。


「はい。私も楽しかったです。本当に」


 はにかみながらの笑顔は本当に綺麗だった。

 ただ、次の言葉には、ドキっと来た。


「裕也さん、来週も会ってくれますか?」


 女心に疎いという定評のある俺でも、その意図はピンと来た。

 元々は、来週予定のデートを一週間早めた形。

 だから、来週の土曜日の予定は未定だった。

 それを、あえて、「来週も」と言ってくる、ということは……。

 

 ここで言わなきゃ男じゃない。

 そう思って、


「久美と別れる前に、伝えたいことがあるんだけど」


 どもりながらの、精一杯のアプローチ。


「は、はい。えーと、それじゃ、私の家の前で、聞きます」

「そ、そっか。ありがとう」


 さすがに、言い回しで俺が言おうとしている事に気づいたんだろう。

 そこから、久美の家まではお互い無言だった。


 そして、家まで送って、いよいよ勝負の時が訪れた。


「あのさ、久美。えーと、なんていうか、うまくいえないんだけど」

「は、はい」

「実は、中一の頃から、お前の事が気になってたんだ」

「私なんかのために、って思ってたんですけど」


 小学校の頃の傷があるのか、久美は妙に自己評価が低いところがある。

 だから、「私なんか」って言ってしまうんだろうけど。


「いやいや、久美は綺麗なだけじゃなくて、デートの時、気遣いが細かいし、俺が後に予定がないか気にしてくれたり。いっつも、相手の事を思いやれるところは本当に美点だと思う。それに好奇心旺盛で、俺の話にも、いっつも目を輝かせて、聞き入ってくれるし」

「あ、ありがとうございます」


 振られるにせよ、何にせよ、思いは精一杯伝えなければ。

 そう思って、その後も、色々、久美のここがいいだの何だの色々言った後。


「だから、久美の事はずっと好きだった。お付き合いしてもらえない、ですか?」


 その言葉を言う時は、心臓がバクバクと言って仕方なかった。

 雰囲気はいいけど、考えさせてください、とか返ってくるかもだし。


「私も。ずっと、ずっと好きでした。優しいから、デートに誘ってくれてるのかなって思ってましたけど。いつも、裕也さんと居るときは楽しいですし」


 恥ずかしいのだろうか。少し俯いての言葉。

 これはひょっとしていい感じ?


「だから、私の方こそ、えーと、よろしくお願いします。色々わからないですけど」

「あ、ああ、うん。俺も、お付き合いとか色々わからないけど。よろしく」


 こうして、高二の五月にして、俺は初めて彼女が出来たのだった。

 

「なあ。手、繋いでみてもいいか?」


 我ながら、なんとも気が利かないなと思った。


「は、はい」

「じゃ、じゃあ……」


 そろりそろりと、手を近づけて、ぎゅっと握りしめる。


「!」


 と思ったら、久美は急にビクンとなったように、目を白黒させていた。

 えーと、何か、まずった?


「あ、悪い。いきなり過ぎたよな」

「い、いえ。嬉しいんです。でも、ドキドキして、落ち着かないんです」


 という久美は、本当に胸を片手で抑えていた。


「嫌じゃないんです。ただ、くすぐったい気持ちといいますか」

「そ、それなら良かった」

「しばらくしたら、慣れる、と思いますから。嫌わないでくれると、嬉しいです」

「いやいや、嫌うわけなんてないって」


 考えてみれば、久美はあの件以来、男性恐怖症の気があった。

 仮にも女子との接点がそこそこある俺より、スキンシップに敏感なんだろう。


「良かったです。じゃあ、これからもよろしくお願いします。また後で!」


 と羞恥に耐えきれなくなったのか、あっという間に家の中に入ってしまった。


「俺に彼女……彼女が出来たんだ。しかも、久美が……」


 俺はといえば、たぶん鏡で見たら凄いニヤけてたと思う。


 こうして、俺と久美は恋人同士の関係になった。


 その夜は、


「あー、早く、会いたい。明日とか、予定空いてるかな?」


 とか凄まじく浮かれていた。


「でも、久美も明日は予定あるかもしれないしな」


 と思えば、そんな事も考えたり。


(青春してるなあ)


 と思っていた。

 

 ただ、会いたいという気持ちには勝てず。

 電話して、翌日のデートの約束を取り付ける事に成功した。


(よしっ)


 と内心ガッツポーズだったけど、俺は知らなかった。

 それまで、スキンシップの類は避けていたけど。

 久美は想像を遥かに超えて初心なのだと。

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