小さな叫び

世一杏奈

小さな叫び

 心を引きるように、黒い影が視界を覆った。


 私の周りは純然たる黒に染まる。

 空間認知能力が無くなっていくようだ。


 重い腰を上げた私は、黒いの中を歩く。


 視界がぼんやりと色づいてきたように感じる。

 私は、ごつごつとした岩窟がんくつの中に居たのだと知った。


 私にはそのように、岩窟の中にいるように思えた。



 肩はがんがん震えた。


 岩がおもむろに光り出し、視界が点滅しだす。


 怖くて足がすくんで、歯は擦れ鳴る。



 岩々は青白くぼんやりと光っているようにみえたが、それは赤くも見えたし、黄色くも見えた。不明瞭な光は恐ろしかった。



 思わず叫んだ。


 息を吐きながら走り出す。






 すると、今度は視界が白く拡がって、意識が朦朧としだす。


 気付けば白い部屋の中に居た。


 壁には濃緑こみどり荊棘いばらと、赤黒い薔薇がっていて、美しさと恐怖を演じていた。

 虚無感に浸りながら、未だ止まない心臓音を身体で感じる。



 その直後だった。

 ————ごごごごごごごごご。

 壁が揺れながら、おどろおどろしい音を鳴らしだす。


 すれすれに目視可能な砂埃が、壁と床の境目から舞い上がる。


 荊棘は巨大化し、うねりながら変形していく。


 部屋が小さくなっていったのだ。


 壁が私に狂い迫ってくる。



 私が存在するための面積は、確実に、小さくなっている。

 壁に潰される自分が頭をよぎった。

 突然訪れた死への恐怖に、涙が溢れ、喉仏を潰して泣いた。逃げ惑い、壁を壊せないかと、何度も叩いたが、壊れることはなく、音だけが無常に鳴る。


「助けでええぇぇっっぇぇぁぁぇええああぅぅああええぇぇ」





 誰も私を見てくれない。


 誰もこの部屋に居ないもの。


 後ろを向けば、何処からか大量の玩具おもちゃが流れ込んできて、私を飲み込み始めた。


 ぬいぐるみ。

 人形の椅子。

 お洋服。


 私は埋まっていった。


 息が遠のいていく。


 壁が押し合う度に玩具おもちゃは密集していく。逃げられる空間は減っていく。


 このまま私は死ぬのか。


 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。



 感情が破裂しそうで目眩めまいがしてくる。その間も、玩具おもちゃに埋もれゆく身体は一切、絶対、動かない。


 このまま、本当に、息が止まるようだ。

 感情が頂点を突いたとき、視点が私から "誰か" になった。



 玩具おもちゃと、迫る壁で、固められた、色味美しい部屋に、埋もれた小さな私が居る。


 その小さな私は、どんどん、更に、小さくなっていく。


 客観的な"誰か"の視点が、どんどん、離れていくのだ。

 部屋は黒い点に見えるまで、小さく小さく、離れていく。


 けれども変わらない。


 奇怪で悲痛な叫びがそこらぜんたいに響いている。





 あれは、私の声だ。







 感覚がはっきりした。


 私のまぶたは騒がしく開く。

 私の視点は"誰か"などではなく確実に私のもので、私の瞳で捉えたものは、自室の天井だった。あの岩窟でも、白い部屋でもない、現実の私の部屋に居た。


 部屋は真っ暗だった。


 定位置にあるスマホを掴み、電源を付け、時間を見ると「3:13」と表示された。眠りについてから、まだ数時間しか経っていない。



 ようやく、先程の情景は夢だと知った。

 自分は夜中に起きたらしいことを理解した。


 けれども、事実だったと錯覚するくらい、覚えている。


 潰されかけた恐怖と、部屋に埋もれ続ける小さな私を。


 そのせいか、起きてからもずっと、心臓は鳴っていた。



「懐かしい夢だった」




 今見たものが、初めての夢ではないことを、私は知っていた。

 あれは私の叫びなのだ。


 うつろな表情。

 私は私の目を閉じて、思考を抑える。


 私は私を大切にする必要がある。


 眠りに落ちる最中、そのような言葉を聞いた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さな叫び 世一杏奈 @Thanks_KM

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ