宝箱(一話完結型短編集)
樹暁
箱いっぱいの宝物
「ねえ、マキちゃん。それなあに?」
ぼくは、マキちゃんのそばにある箱を指して、尋ねた。小さな体のマキちゃんの二倍くらいある箱を、マキちゃんは、ずるずると、ぼくがいる玄関まで引きずってきたのだ。
「ゆーじお兄ちゃん! 見て!」
箱とは言っても蓋はなく、こんもりと積まれた様々なものが、一見してわかった。
壊れたおもちゃ、セミのぬけがら、古ぼけたアルバム、ネジの外れたオルゴール。どう見てもガラクタばかりだった。それをマキちゃんは、嬉しそうにぼくに見せる。
困惑したぼくをおいて、マキちゃんははしゃいだ様子で話し出す。
「これね、マキちゃんの『たからばこ』なの!」
セミのぬけがらなんかは、ちゃんとプラスチックの容器に入っているので、親公認の宝箱なのだろう。
きらきらした目で、ぼくを見つめる。
「そうなんだ、すごいね 」
ぼくはにこりと笑いかけた。マキちゃんはいつも無邪気にこうやって、ぼくの心を癒してくれる。
それももう少しで終わるのだと思うと、切なさで、胸がきゅっと痛む。
でも、辛い顔は見せられない。ぼくは『お兄ちゃん』なんだから。血の繋がりはなく、ただの家が近所だというだけの関係だけど、ぼくはマキちゃんのお兄ちゃんだ。ぼくが不安を見せると、マキちゃんも不安になる。
「なにかひとつ、持っていっていーよ!」
にぱあっと、顔からこぼれおちそうなくらいの笑顔で、マキちゃんは言う。
「え、いいの?」
マキちゃんは優しい子だ、嘘なんかつくわけない。それはわかっている。
けれど、『宝物』をくれるのは、すぐに納得出来るものではなかった。十人中十人がガラクタに見えるものでも、マキちゃんにとっては、宝石同然の価値があるかもしれないのだ。
それを、どうしてぼくなんかに。
「ゆーじお兄ちゃん、どこか遠くへ行くんでしょ?」
ぼくは、ハッとした。
「え?」
どうして知っているんだろう。ほかの県に引っ越すことは、ぼくの口からは話していない。というより、少なくともぼくは、誰にもそのことを話したことがなかった。話すような仲のいい友達がいないということもあるが、ぼくの知っている子たちは、みんな、マキちゃんとも知り合いだ。
誰かに話せば、マキちゃんに知られてしまうと思って、話せなかったんだ。
「昨日ね、幼稚園であいかちゃんのお別れ会したの」
そうだ、愛花だ。
妹である愛花が引っ越すのならと、ぼくが遠くへ行くことがわかったのだろう。
仕方が無いと、ため息をついて、ちゃんと話をしようと、ぼくはマキちゃんを見た。
「でも、すぐに帰ってくるんでしょ?」
濁りのない無垢な瞳から放たれる視線が、ぼくの目を刺激する。
疑っていない。なにも。
ぼくはマキちゃんに気づかれないくらいの動作で、下唇をぐっと噛んだ。
「うん、そうだよ。あっという間だよ」
すぐに表情を笑顔に戻して、ぼくは言った。
嘘だった。ぼくはもう、この地には戻ってこられない。少なくとも、成人するまでは。ぼくが成人するまで、あと十年以上ある。それを短いと言うことなんて、ぼくにはとても、出来なかった。
けど、マキちゃんに悲しい顔はして欲しくない。だから。
ぼくが罪悪感を押さえつけているあいだ、マキちゃんは、がさごそと箱を漁っていた。苦しみぬいてやっと放った一言を、聞いていなかったように感じる。物の山に体を突っ込んで、必死に何かを探している。
「ぷはあっ」
体を抜いたマキちゃんは、右手に、その、探していた何かを持っていた。
「はいこれ、あげる!」
歪な形の勾玉だった。綺麗な橙色をしていて、どこか、ほんのり暖かな印象を受けた。小さく空いた穴に、どこにでも売っているような心細いほどに細い、白い糸が通されている。
「前に、ママと、幼稚園で作ったの!」
「これ、いいの?」
ぼくから見ても、この勾玉は、明らかに、ほかに入っているものとは違っていた。
「うん、いいの。持ってて!」
嗚咽が出ないように気をつけながら、ぼくはお礼を言った。
「ありがとう」
でもやっぱり、宝物はもらえないよ。
だから、これは、預かっておくね。
いつか必ず、返しに来るよ。
さよならなんて、言わない。
また、会おうね、マキちゃん。
約束だよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます