一
人と接する度に、何も「無い」という事実が重くのしかかる。
記憶を辿る旅は、手がかりを掴むどころかほぼゼロに等しい。
今自分に出来るのは、母校だったらしい学校の周りを彷徨う事くらい。
行っては追い返され、の繰り返し。
ついには顔を見られる度につまみ出されるので、ここら一帯をうろつくのも今日限りだろうか。
職に就いて、家庭もあって、キラキラした毎日を送っている癖に。何も無い私を少しくらい助けてくれたっていいじゃないか。
「碧さん?」
「ひっ」
いきなり背後から話しかけられた上に、肩を掴まれ、思わず声が出てしまった。
直ぐに振り返ると、そこには背が高くスラーっとした美しい女性が怪訝そうに私を見つめていた。
「え、あのどなたでしょう…?」
「碧さんよね?私、元担任の
「元担任?」
予想も付かなかった言葉に、思考を巡らせる。
私の中には、白河という名前に心当たりはない。
「退学したって聞いてビックリしたんだけど。何があったの?
そうだ、
「え?え?あ、すみません…」
何が何だかわからず反射的に謝ってしまう。
「在学中に事故に遭ってしまって、記憶が無いんです。あなたの名前も、その時何があったのかもわからなくて…」
そう説明する私に、目の前の彼女は動揺した。
「え!?そうだったの、知らずにごめんなさい。
個人的にあなたの事すごく心配してて。
色々複雑だったみたいで悩んでたから、相談に乗ったりしてたんだけど」
その言葉に、私は胸が高鳴るのを感じていた。
「あ、あの!」
これは思いもよらぬチャンスだ。私の事を明確に知っている人物が突然現れ、私はそう確信した。
私が事を言い出す前に、彼女が言う。
「良かったら、詳しい事情を聞かせて欲しいのだけれど」
「…私も聞きたい事がたくさんあります」
それは本当にたくさんの事。今まで、私がどんな人物だったのか、その全て。
彼女、白河先生はニコッと微笑んで
「行くよ」と、そう言った。
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