三
恐る恐るドアを開けると、そこに居たのは隼人だった。
最高潮に不機嫌そうな顔で。
「え、隼人?」
「…あんた、ほんと何してんだよ」
隼人は僕がドアを閉めないように手と足をかけて部屋に入ってこようとする。
戸惑いつつも、玄関で怒鳴られても困るので中に案内した。
「神楽が来たのか」
僕の部屋に散らばるコンビニ袋と食品の数々を見て隼人が呟いた。
「顔は合わせてないけど、届けてもらった
…悪いと思ってる」
その言葉に、隼人はすぐさま突っかかる。
「悪いと思ってる?俺が聞きたいのは、そんな罪悪感でいっぱいの情けない言葉じゃなくて、これからどうするかなんだよ」
「どうしようもこうしようも弾けないんだ、指が動かない…」
我ながら言い訳しか出てこないこの有様に、これまでに無いほどの悔しさを憶えた。
「…あんた、碧さんと叶多さんを重ねて見てんだろ。てか、今まで自覚すらして無かったんだろうね。
自分を俯瞰して見てみろよ。あんたの隣にはもう誰もいない。
いい加減分かれよ」
辛辣な言葉を浴びせ続ける隼人。
それも仕方ないと、当然の事だと飲み込むには、僕の精神状態に余裕が足りなかった。
「隼人に何がわかんだよ!!!」
あの練習の時と同じ、自分でも驚くほどの怒鳴り声を上げていた。
「そうやって怒鳴って、喚き散らして泣いて、塞ぎ込んで閉じこもって、誰かが助けてくれるとでも思ってんの?」
隼人は怒鳴られようとも冷静に、そして心の奥底に怒りを込めたような声音で言う。
「…うるさい」
僕はそれに対して、子供のような返答しかできない。
「今更なんだよ、あんたが選んだんだ。
叶多さんが碧さんを通じて託してくれた夢なんだ。
それを背負ったなら何があっても最後まで貫き通せって言ってんだよ」
僕は馬鹿みたいに黙りこくった。何も言い返せないまま。
隼人は呆れたようにため息をついた。
「…あの人がいなくなって、十分な時間が経ってないのも知ってる。そもそも十分な時間なんて、忘れられる時なんて来るわけがないのも分かってる。
__それでも、進む事を決めたのはあんただ。」
最後の一言だけ、隼人の声色は優しかった。
ふと足の力が抜けて、ベットにへたり込む。
隼人の顔を見る事はなく、部屋の床をぼーっと見つめる。
それでも隼人はそんな僕を無視して話を続けた。
「…あんたには悪いけどあの人の事が好きだった」
胸に何かを突き立てられたような痛みを感じた。
その痛みは少しずつ滲んでいく。
「でも、結局は
あんたの隣にいる叶多さんが1番好きだった。
あんたの傍で、あの人はよく笑ってた。
俺はそれを神楽と一緒に見てるだけで良かったんだ、幸せだった。
俺にとっての居場所だった」
隼人は、今にも泣きそうな声で言う。
僕はハッと、顔を上げた。
「だから俺は、あんたが、
悠さんがあの人の事で悲しんでるのも苦しんでるのも俺は、悔しいんだよ。見たくない」
隼人は、涙を滲ませながら苦し紛れに笑顔を作って、僕にそう言った。
心の痛みは嘘だったかのように消えている。
こんな表情は、今まで1度たりとも見た事がなかった。
「ごめん、隼人」
「……」
僕の言葉を聞いて、彼は自分の袖で涙を拭った。
それと同時に、玄関でチャイムが鳴らされる音がした。
ドアの向こうで「悠さーん」と言う声が聞こえる。
碧だ。
立ち上がろうとする僕を、隼人は静止して玄関に向かった。
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