六
暗闇の中、碧がステージに立つと物凄い勢いで観客が沸きだった。
続いて僕らも楽器を持ってステージに立つ。
数秒後、ステージが明るく照らされる。
ゴスロリ調の青いフリルが散らされた服を纏った碧は、後ろ姿だけでも目を引く存在だった。
「…リコレクション」
碧のタイトルコールが合図。僕と神楽で新曲の冒頭部分を奏でる。
THEバンドと言えるようなロックな曲が、会場に響き渡る。
「…__♬︎ 全てを忘れて この世界に堕ちた 私は
暗がりの中 知りたいんだ 滲んで見えないんだ…」
碧の声はよく出ている。沸いていた観客も耳を澄ませているのか、シーンと大人しくなった。
隼人のドラムもリズムに乗っている。完璧と言えるような走り出しだ。
「__ 捨てていいから 理屈じゃないから
忘れ音と一緒に 連れてってよ…」
霞むような、それでも真に迫るような、苦しい碧の歌声は観客の心に届いたようで。
アウトロが終わり、碧が息を吐くと、たちまち拍手の音が響いた。
ヒュー!という口笛の音。既に泣いている観客の顔がうっすら見えた。
休む間もなく次の曲に続く。久しぶりの緊張で足が子鹿のようになってしまっていたが、何とか踏ん張り、予定していた曲をやり遂げた。
気づけば汗だくになっていた。
息を吸うのも苦しく、少し座って水を飲む。
ここからは碧のMCもとい、自己紹介だ。
観客席の喧騒が収まった頃を境に、碧が口を開く。
「……初めまして。Recollectionのボーカル、Aoiです。」
そのひと言でまた、観客が沸く。
それに戸惑ったように碧は続ける。
「ありがとうございます…前バンド"EGOISM"解散後、復活『兼』初LIVEとして今日来てくださったファンの皆様に感謝したいと思います」
碧はそこで一礼する。
「新しいバンド名は『Recollection』…です。追憶、という意味です。何故この名前にしたのか説明をしたいと思います。
新しいボーカル、私Aoiは事故で全ての記憶を失っています…」
その言葉に、会場の皆は一気にどよめき出す。
「私が誰なのか、今まで何をしていたのか、何を好きで何を嫌いだったのか。
その答えをこの音楽で探しに来ました。
これから活動するにあたり、私を知っている人を探したいと思います。毎LIVE、この問いかけを皆様にしたいと思っています。」
碧の声は少し涙ぐんでいるように思える。
ザワつく観衆を前に、言葉を続ける。
「そしてこの事実を、このバンドと共にファンの皆様に広めて欲しいです。
一種の変わった人探しだと思って頂いて構いません。
私の事を知っている人がいれば声をかけてください。
私たちの音楽と共に、私を探す旅をして欲しいのです。
よろしくお願いします!」
さっきとは打って変わって暖かい拍手で、碧の言葉は締めくくられた。
拍手が収まった頃、観客席の後ろの方で「はーい!」と若者が手を上げた。
「俺あおいちゃん知ってまーす!」
明らかに嘘だとわかるセリフに、碧は苦笑しながら応える。
「バンドのコンセプトの一環ではありますが、事実である事に変わりはないので冷やかしはやめてくださいね」
碧の言葉に若者は「ごめんなさーい」と手を下げた。
僕は少し疲れ切った碧からマイクを受け取り、MCを代わる。
「久しぶりに僕らのLIVEに来てくださったファンの皆様。全く初めて来てくださったお客さん。混乱しているとは思いますが、これからの旅を応援してくださると幸いです。
今日は楽しんで行ってください!」
僕がそう言って手を上げると、観客も手を上げて耳を劈く程の歓声で返事をした。
それを見て、一息つく。
どうやら成功したようだ。
鳴り止まない拍手の中、僕らは目を見合せた。
皆一様にほっとした表情で微笑む。
不安だらけの旅の始まりは、大成功を収めたみたいだ。
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