「んで、この子が新しいボーカルですか?」


とある喫茶店。大きなチョコレートパフェを嬉しそうに頬張る少女を前に、自分は座っている。


「そおでむ、ひゃるぐぁさんににゃにょんでむぐむぐ」

「碧、食べ終わってから喋ろうね」


少女を隣で宥めるのは忌々しい電話を二度も寄越してきた悠。


「いや~!それにしてもみんな久しぶりだねえ!元気してた?」


神楽は俺の隣でずっとはしゃいでいる。

やっぱり来なければよかった…と落ち込みつつも、目の前の少女へと目が奪われる。

腰まで伸びた青い髪。長いまつ毛を揺らす大きい灰色の瞳。小さくて淡いピンクの唇。

華奢で肌は透き通るように白く、どこからどう見ても美少女だ。二次元から出てきたのか?というくらいに美しい。


「まさか本当に集まるとは思ってませんでした。嬉しいです」


目の前の美少女、碧は大きいパフェを完食し、細くて綺麗な指で口元を拭う。


「俺はあんたの話を聞きに来ただけだ、やるとは言ってない」

「いえ、来てもらえただけでも嬉しいです」


俺の無愛想な返事にも碧は嫌味ひとつなく答える。

ニコッと笑いかけているつもりだろうが、口角が上がりきっていない不器用な作り笑いのせいでもはや不気味だ。


「さっそく聞かせてもらえる?話」

「わかりました」


彼女はじゃあ、と言ってその口を開いた。




彼女から聞いた話は、これまで聞いた話の何よりも衝撃的だった。

記憶を失った事。入院した先で叶多さんに出会った事。叶多さんから俺らの音楽を教えて貰った事。叶多さんの遺言。悠に出会った事。叶多さんの願い…そして碧の願い。

一度聞いただけでは理解出来ない程に情報量が多すぎる。

そして1番驚くべき事は叶多さんが俺らの知らないうちにボーカルを引き継いでいた事だ。

まさか本人直々の指名だとは思わなかった。

そうか、あの人はずっとバンドがやりたかったんだ。

まだ歌う気でいたんだ。そう思うと幾分か心が軽くなった気がした。

あの空間は俺の居場所だったから。

俺が愛おしく思っていた場所を、あの人も同じように愛おしく思っていたと感じて、なんとも言えない…嬉しいのか切ないのか分からない気持ちになった。

叶多さんの面影に思いを馳せていると、碧がこちらの反応をちらちら伺っている様子だったので、一先ず聞きたいことを聞くことにした。


「いくつか質問していい?」

「はい、どうぞ」


碧はずっと話していたにも関わらず、何の疲れも感じさせられない爽やかな返事をした。


「記憶を失ったきっかけは覚えてる?」


俺の問いに碧はうーんと首をかしげ少し間を置いて答えた。


「事故に遭ったとお医者さんから聞きました。でも身元が分かるものを一切持ってなくて、私自身も事故の瞬間に記憶を無くしているのでどこに行ってたのか誰と一緒だったのかというのは全部思い出せないんです。唯一思い出せたのが名前だけ。苗字も分からずじまいです」

「で、退院できたんだ?」

「はい。日常生活に支障が出ない程度の事は自分で出来るようになりました。読み書きとかも難しいのは無理ですけど簡単なものなら体に染み付いてたみたいで、生きる上では余裕ですね」

「ふーん。…じゃあ退院してからはどこに住んでんの?身元わかんないんでしょ?」

「ちょっとちょっと」


俺からの質問攻めにあう碧を気にかけたのか、悠が静止してくる。


「色々個人情報聞いたら失礼でしょ」

「いやいや、逆になんでここまで掘り下げないんですか?どう考えたって怪しいですよね?」


その言葉に碧がとっさに反応する。


「私怪しいって思われてたんですか!?」


碧は見るからに落ち込む素振りを見せた。


「普通は思いますよ。だから聞いてるんですよ」

「そうなんですね、疑いが晴れるならなんでも答えますよ」

「そんな事情聴取じゃないんだから…」


悠は呆れたように言った。


「俺も碧ちゃんどこ住んでるか知りたーい」

「神楽は黙ってて」


神楽の不躾な質問に対して窘めるように言う悠。

神楽はちぇーっと口を尖らせる。


「退院してからは良くしてもらった看護師さんのツテで一旦児童養護施設に入りました。

19歳の誕生日までにバイト探して一人暮らしをしなきゃならない条件付きなんですけど、まだ時間があるのでゆっくりしてますよ」

「へえ~~みんな優しいんだねえ」


神楽は碧の言葉に興味深そうに返した。

碧の返答に違和感は無い。上手く行きすぎな気もするがこちらを騙す利点も思いつかない。


「まあ、今の所怪しい点はないですね。

すみませんでした。」


軽く頭を下げると、碧は焦ったように手のひらをこちらに向けて思いっきり横に振る。


「いいんです!私はお願いしてる立場なので、お手伝いして頂ける為ならなんでもします」


碧はそう言ってまた、不器用な愛想笑いを向けてくる。


「あとひとつ。記憶が全部戻ったとして、その後どうするつもりなの?」

「へ?」


そこまでは想定していなかったのか、どこから出しているのか分からない声が碧から発せられた。


「考えて、なかったです…

でもやれるとしたらずっと音楽をやりたいです。…ずっと」


その言葉に、初対面ながらも"碧"という人間らしいな、と思ってしまった。


「ありがとう。それを踏まえてなんだけど」


俺は碧に向かって溜息をつきながら言う。


「叶多さんのお願いなら真っ向からナシってわけには行かなくなりましたけど

…俺には今時間も金も余裕もないんで、正直できるかどうかは難しいんですよ」

「そう、ですか……」


碧はその言葉を聞き、俯いてしまった。


「ただ、"今は"無理って事です。

高校卒業して就職して、仕事が安定してからで良いんなら話は別です。

めちゃくちゃ急ぎって訳でもないでしょうし。

そこだけ考えてもらえれば、あとは俺が持ち帰って決めるだけです」

「ほんとですか!?」


碧がテーブルを軽く叩く。よほど嬉しかったのだろう。

リアクションがわかりやすい子だ。


「いいのか?隼人」


悠も驚いたように言う。

俺に怒られてしょぼくれて、今日は絶対に無理だとでも思ってたのだろうか。

いや、ハナから俺も絶対に受けないつもりだったが。


「叶多さんが…今は亡き初代ボーカルがそう願うのなら、仰せのままに。としか言い様がないな」

「隼人…!ありがとう…!」

「いやでもまだ決まってないですからね。考えさせて下さいよ」


流される所だったと危惧する間もなく、隣から神楽が抱きついてくる。


「うわーーん!音無くんまた一緒にやれるんだねえ、俺嬉しいよーー!」


何故か涙声でそう叫ぶ神楽。

鬱陶しい…とひっつく神楽を剥がして、頼んでおいたアイスティーを最後まで飲み干した。


「考えさせて下さいって言葉聞いてました?

とにかく、もう弟が帰ってくるんで俺帰りますよ」


バッグを持ってアイスティー分のお金をテーブルに置く。それと同時に席を離れる。


「え、音無さん、お金いらないですよ」

「あいつ奢らせてくれないんだよ、律儀だよな」


お金を返そうとしてくる碧にすかさず神楽が言った。


「同い年なのに凄いですね…」

「じゃ、また」


そう呟く碧と他のメンバーに軽く手を振り、俺は店を後にした。

予想していた事と全く違う展開になってしまったけれど、叶多さんがいなくなってモノクロみたいになってしまった俺の世界に、ひとつの色を取り戻せたような感覚に陥り

これも悪くないな。と少し浮き足立っている自分を抑えずにはいられなかった。

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