三
「それはまた…大変だったろうに」
俗に言う記憶喪失だろうか。
アニメや漫画でしか聞いた事がない。
実際に記憶が無いと言う人間に出会うのは初めての事だった。
少しだけ身構えてしまう。相当の理由があっての事なのだろう。
「それで音楽というものを知らなくて…
彼氏とバンドをやってたんだ~ってすごく嬉しそうに話してたので気になって、1曲聞かせてもらいました」
碧ちゃんはまた、違和感のある作り笑顔でそう話す。
「"アシンメトリー"っていう曲を聞いたんです。…すごく、驚いちゃって」
懐かしい響きが初対面の少女の口から零れ出し、少し恥ずかしい気にもなった。
アシンメトリーは僕が作詞作曲した曲だ。
「綺麗で、でも切なくて悲しくて、届かないような苦しいメロディが今でも頭から離れないんです。他にも色んな音楽を教えてもらいました。記憶を失って目が覚めてから始めて、興味の湧くものでした。きっと前の私も好きだったんだと思います、音楽というものが」
彼女は口早に感想を話す。自分の曲をきいてもらえてかつ褒めてもらえるのはとてつもなく嬉しい。
彼女の柔らかな口調がじんわりと心に染みる。
「叶多さんがはしゃぐ私を見て、目の前で歌ってくれたりもしました。本当に楽しかった…ライブも、行ってみたかった…です」
だんだん語彙が過去形になる彼女は自分の発した言葉が暗くなっていくことに気づいて口を噤む。
「ごめんなさい…暗くなってしまって」
「いいんだ、僕らの音楽を楽しんでもらえたようで何よりだ。それだけで今日来たかいがあったよ。きっと叶多もすごく喜んでくれていると思う。ありがとう」
キュッと自分の指と指を絡ませ、下を向く彼女に僕は励ますようにそう言った。
彼女は顔を上げて少し頬を緩ませた。
そして、僕に告げる。
「あの…」
「なにか?」
「すごく失礼で、このタイミングで言うことじゃないって分かってるんですけど…」
__「私も音楽を、バンドをやりたいんです…悠さんと」
「へっ?」
これが現"Recollection"vocalのAoiこと、碧との出会いだった。
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