春の庭

1、

 「柴崎友香」氏の『春の庭』。

 社会人男性「太郎」の住むアパート「ビューパレス サエキⅢ」を中心に起こる、日常の出来事が書かれている。


 この小説は、20年くらい前の暮らしを描いたものであろうか。

 今、この時代、このように同じアパートや近くに住む人と、親しくなったり、家にあげたりすることは、日常的ではないだろう。

 建物が壊されたり建てられたり、そのような再開発の記述から、30年ほど前かとも思ったが、その当時はまだメールというものは、日常的ではなかっただろう。



 劇的な変化や大どんでん返しのない、太郎の日々を綺麗に、丁寧に描いている。日常の描写が素晴らしい。

 タイトルにも『春の庭』とあるように、「庭」を中心に、季節を感じる描写が多い。「街」のトキの変化も、しみじみと情緒深い。

 失礼ながら読んだ後に知ったのだが、芥川賞受賞作品だそうだ。どおりで文章が繊細で美しい。



2、

 ゆったりとした太郎の暮らしが描かれているので、ここで特にどうこうと考察する必要はないだろう。この今より少しだけ過去の、柔らかな時間の流れを感じてほしい。

 特に、「街」についての描写をいくつか紹介したい。



「空き家は人が住んでいる家とは根本的に違う空気に覆われていた。きれいに手入れされて一見留守をしているだけに見える家でも、すぐに空き家だとわかった。あらゆる種類の空き家、空き部屋があった。」


「毎日歩く地面の下は、暗渠あんきょの川が流れている。水道やガラスの管がある。不発弾があるかもしれない。

 ~

 不発弾があるなら、その時に燃えた家や家財道具のかけらも埋まっている。もっと昔はこのあたりは雑木林や畑だったらしいから、毎年の落ち葉や木の実やそこにいた小動物なんかも、時間とともに重なって、地表から少しずつ深いところへ沈んでいった。

 その上を、太郎は歩いていた。」


「団地に住んでいたころ、わたしたちはいつも大勢だった。各階に同級生がいて、狭い公園では場所の取り合いだった。

 ~

 狭い街のどこにいても、誰かに会った。わたしはいつも、大勢の一部に過ぎなかった。」



 このような生活をしたり、このような体験をしたことがあるわけではないのに、なぜかもの懐かしい感覚にさせてくれた。






柴崎友香(2014)『春の庭』,株式会社文藝春秋

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