第2話 イグナイトスティールの必殺技
「大体よ、そんなにスキルが欲しけりゃ、他の奴らみたく、親にスキル定着スクロールを買って貰えばいいだろ。
お前んちも公爵家なんだからよ。
そしたらこんな面倒なレベル上げなんて、しなくても済んだだろ。」
イグナイトスティールが愚痴る。
雑魚を狩るのが面倒なだけなのはお前のほうだろ、と言いたくなったが、
「──うちはお祖父様の方針で、欲しけりゃ自分で手に入れろってスタンスなんだ。
お祖父的には、戦って倒せばやがてはドロップしたり、レベルアップで手に入るものを、わざわざ買う意味が分からないんだよ。
うちの財産だって、殆どは、お祖父様が過去に売った、スキル定着スクロールからなってるんだからさ。」
そうなのだ。元レベルカンスト勇者のお祖父様からしたら、大抵のものは魔物を倒せば手に入るシロモノなのである。
だから我が家にとって、スキル定着スクロールなんて、売って金にする為のものでしかない。
買おうと思えば買える財産を持っているけれど、タダで手に入るものに金を使うなど、ありえないことなのだ。
それは僕自身にとってもそうで、レベルを上げたりドロップを狙えば、やがては手に入るものだと思っている。
スキルがなくても、そこそこ戦えるし、ようは恥ずかしくなければいいだけの話で、現時点では、人に自慢出来るほどの強いスキルを求めているわけじゃあないのだ。
すぐに何でも手に入れられる奴は努力をしなくなる。
これはお祖父様の口癖だが、いきなり強いスキルを手に入れてしまったら、レベル上げなんて忍耐作業が嫌になってしまう。
そうして潰れてきた、金持ち貴族の子どもたちをたくさん見てきた僕だから思う。
努力にまさる幸福なし、と。
今だって、自分で手に入れたわけじゃないイグナイトスティールを持ってることすら、分不相応だしチート過ぎるんじゃないかと思っている。
果たして普通の武器を使った場合に、魔物との戦闘がはじめての僕は、あのスライムですら、一撃で倒せていたか分からないのだ。
「自分の身の丈にあった努力をすることを、まずはやっていきたいんだ。
だから、お前は本当に危険な時のお守り程度に考えておいてくれよ。」
「チェッ、つまんねえなあ、久々の実戦だってのによ。」
「お前にはいずれ、相応しい相手と僕が戦えるようになったら、その時力を貸しても貰うさ。」
「じゃあ、さっさとそこまで成長しようぜ。
──敵だ。」
「分かってる。僕もそこまで時間をかけるつもりはないさ。
──え?」
話の途中でイグナイトスティールの声色が変わる。
イグナイトスティールに目を向けて話していたせいで、すぐに気付けなかったのだが、通路を抜けた先に、ゴブリンの群れが17体と、スライム15体がいた。
広い広場のような場所になっていて、壁や地面の一部段差のような箇所には光る苔がはえ、ツタが下がった緑の多いところだ。
地面は土で出来ているけど、日頃ゴブリンたちが踏みしめているからか、少しかたく平らな平地のようになっている。
さっきの場所は天井の隙間から陽の光が差し込んでいたけれど、ここは一切そんな隙間がないのに、むしろさっきの場所よりも明るかった。
この数がうろついているということは、どうやらゴブリンの集落の近くらしい。
基本は夜行性で、昼間は外に出ないゴブリンだが、こうして日の当たらないダンジョンでは、日中遭遇することもある。
火を恐れない為、夜に魔物や動物よけに焚き火をたいている冒険者に近付いてくる存在があったとしたら、大体ゴブリンだと思え、と祖父から聞いていた。
スライムはともかく、ゴブリンは厄介だ。手に手にこん棒を持ち、子どもくらいのサイズながら、大人と同じ以上の筋力を誇る。
知能のあるのとそうでないのがいて、知能の程度にもよるが、指示を出して仲間と連携したり、弓矢を使って攻撃してくるのまでいる。
幸いにして、ここにいるのはこん棒を持っているタイプなので、知能は低いということになる。
2体までなら、僕も倒せる気がしているけれど、集団でかかってこられたら、間違いなく一方的にタコ殴りだ。それに加えてスライム15体。
集落から援軍を呼ばれたら、いくらイグナイトスティールでも、使うのが僕だけに、危ないかも知れなかった。
僕は手近なところから、手探りでいくつかの石ころを掴んだ。それを左右に投げる。突然飛んで来た物がなんであるのかに気を取られ、ゴブリンたちの目が散った。
今だ!!
「うおおおお!!」
僕は雄叫びを上げると、ゴブリンの群れの中央に切りかかった。
僕の攻撃に青い血を吹き上げて2体のゴブリンが倒れる。続けざまに身をひるがえし、半回転しながらの
スライムは透明な体液を出すけれど、青とはいえ、血を流すのを見るのはちょっと気持ちのいいものではない。
けど、これに耐えなければ騎士になるにしても、冒険者になるにしても、成長しないのだ。経験値は魔物からしか得られない。
お金を稼ぐのにも、親がなにがしかの商売をやっている人間でもなければ、商売を始められる元手や、売り物を手に入れる為に、やはり魔物を狩らなくてはならない。
レベルが上がって強くなり、王宮に召し抱えられればそんな必要はなくなるけれど、そうなる為には狩りでレベルを上げて、使えるスキルを手に入れている必要がある。
庶民なら、店をやっている人のところで雇って貰うという手段があるけれど、貴族を従業員にしたい庶民なんていないのだ。
いつかお祖父様が領主を引退して管理を任される、という将来もあるけれど、それは父が先に継ぐものだ。
当面親のスネをかじって生きてゆくつもりでもなければ、貴族である僕がこの世界で就職して生活するには、ある程度の狩りはさけて通れないものだった。
仲間がやられてゴブリンたちの様子が一気に変貌する。真っ赤な眼がギラリと光った気がした。
ゴブリンたちが一斉に襲いかかってくる。それに反応するかのように、スライムが飛び跳ねながらこちらに向かって来た。
まるでゴブリンに協力してるみたいに見えるけどそうじゃない。
魔物というのは、異なる種族同士であっても、お互いの邪魔にならないと判断すれば、同一生活圏にいることが多い。
ゴブリンの食べ物は肉で、スライムの食べ物は主にバクテリアとゴミだ。
ゴブリンの出したゴミを、スライムが食べて、バクテリアが分解しやすいようにし、それで増えたバクテリアをスライムがまた食べるという、なんともエコなシステム。
そして自分たちのテリトリーに侵入したものを、それがなんであれ撃退しようとする。
だからゴブリンと共通の敵と判断された僕のところに、スライムまでもが向かってきたというわけだ。
「──わわわっ!!」
僕は頭を下げてゴブリンのこん棒と、スライムの激突の2つの攻撃を同時によける。高さの違う別角度からの攻撃に対して、すぐに反撃出来る対応力は、今の僕にはまだない。
1体ずつ慎重に倒すんだ。父も稽古をつけてくれる時に言っていた。1人を狙う場合、攻撃範囲が狭いから、特に武器を持つ相手の場合、1度に多くても3人、多くて後ろからを入れて4人しか向かって来れないって。
スライムはその限りじゃないけど、攻撃が単調だから、その点動きは読みやすい。
「俺にやらせろって。」
イグナイトスティールが呆れたように言ってくる。
「まだまだ……!!
僕だって少しはやれるってとこ、見せてやるよ……!!」
僕はイグナイトスティールを逆手に両手で持ち直すと、軸足と反対側の足を踏み込んで体ごと回転した。
──
5体のゴブリンと、3体のスライムが体液をぶちまけながら倒れる。
普通の攻撃と違って、体重と腰の回転を乗せて素早く斬りつける重撃だ。今の僕にとっては、弱点や部位を破壊しやすい、一番攻撃力の高い技になる。
ただ、弱点部位に当たらないと、普通の威力の攻撃とさほど変わらないのと、踏み込める足場が必要になるので、こういう広くて平たい場所でないと使えないけど。
移動しながら放つから、攻撃範囲が広くなるという利点はあるので、集団で囲まれて、かつ動きやすい足場の時などは、数を減らすのにも有効だ。
残るゴブリンは7体。それとスライム12体。──イケる……!!
そう思った時だった。
「……あーもー、じれってえなあ。」
そう言うと、イグナイトスティールは、僕の体を突然操り出した。
「ちょ、ちょっと……!!」
──
イグナイトスティールが、勝手に必殺技を繰り出してくる。
放たれた斬撃が氷属性のドラゴンのような姿へと変貌し、一気に残るゴブリン7体と、スライム12をほふってしまった。
「なんで倒しちゃうんだよー!!」
「だからこんなとこ早く抜けようっつってるだろ。」
文句を言う僕に悪びれもせず、イグナイトスティールが答える。それと同時に神の福音の音がした。
レベルが4になりました。
HPが3上がりました。
MPが3上がりました。
攻撃力が1上がりました。
防御力が2上がりました。
俊敏性が2上がりました。
知力が3上がりました。
スキル、〈モテる(猫限定)〉を習得しました。
レベルが5になりました。
HPが4上がりました。
MPが5上がりました。
攻撃力が2上がりました。
防御力が1上がりました。
俊敏性が3上がりました。
知力が2上がりました。
スキル、〈目薬を外さない〉を習得しました。
レベルが6になりました。
HPが3上がりました。
MPが5上がりました。
攻撃力が3上がりました。
防御力が2上がりました。
俊敏性が1上がりました。
知力が3上がりました。
スキル、〈美味しいお茶を淹れる〉を習得しました。
レベルが7になりました。
HPが3上がりました。
MPが3上がりました。
攻撃力が3上がりました。
防御力が2上がりました。
俊敏性が1上がりました。
知力が2上がりました。
スキル、〈体臭が消せる〉を習得しました。
「……今日はもう帰ろう。
さすがに疲れたや。」
「マジかよ、せっかく倒したってのに。」
「お前が倒しちゃうからだろ……。」
レベルアップの恩恵で体力は全回復してるのだけれど、この数のゴブリンとスライムを同時に相手にするのは肝が冷えた。
あと、やはりまるで使えないスキルを手に入れたことに、心が疲弊した。
家に帰って、いますぐゆっくり癒やされたかった。
僕は誕生日の贈り物で祖父母から貰った、容量無限大のマジックバッグにドロップ品を詰め込みながら、はー、とため息をついた。
ゴブリンやスライムからも、弱い武器や、スキル定着スクロールなどがドロップする筈なのだけど、今日の戦果はさっき倒したスライムと合わせても、すべて素材ばかりで、唯一ゴブリンのこん棒が1つ落ちていたのみだった。
今日のステータス合計は、結果こうなった。
────────────────────
マクシミリアン・スワロスウェイカー
15歳
男
人間族
レベル 7
HP 138
MP 104
攻撃力 65
防御力 56
俊敏性 44
知力 74
称号
魔法
スキル 勃起不可 逆剥けが治る 足元から5ミリ浮く モテる(猫限定) 目薬を外さない 美味しいお茶を淹れる 体臭が消せる ────────────────────
──僕は猫が好きだ。大好きだ。
なのに僕の為に飼い始めた猫である、ペットのスワロフスキーは、僕にまったくといっていい程懐かないのである。
僕は〈モテる(猫限定)〉を使ってみた。
普段そっけない我が家の愛猫、スワロフスキーが、僕にスリスリと体をすりよせ、甘えるように、にゃあ〜んと鳴いて、ウルウルしたお目々で見つめてくるではないか。
こんなことはスワロフスキーを飼い始めて初めての出来事だ。日頃は母と祖母の膝の上にしか乗らないというのに、僕の膝の上に無理やり乗ろうとしてくる。
あああああ!!フカフカの体毛があぁ!
柔らかな肉球が僕の手に触れるうぅ!!
可ン愛ィイイイィ!!!
愛おしさがあふれて止まらない。
思わず僕の目もウルウルしてくる。
猫ってなんでこんなに可愛いの?
地上の生き物全部の中で一番可愛くね?
人間はすべからく全部、猫の下僕でいいと思う。──ってか、既に僕は生まれた時から猫の下僕だと思う。
「──こんなスキル、使えない!
僕は、僕は認めないからなあ!!」
僕はスワロフスキーの腹に顔を埋めて、猫吸いを思う存分堪能しながら叫んだ。
「──スキル、存分に堪能してんじゃねーか……。」
イグナイトスティールの呆れたような声が聞こえた気がしたけれど、僕はモフモフに夢中で、まったく耳に入っていなかった。
まだ冒険を続けますか?
▷はい
いいえ
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