四. 別離の時

 (一刻も早く姫君をお助けしなくては)

 侍女は、震える手で懐剣を取り出します。

 必死に教わった護身術を思い出すと、生き物の急所である目を狙って刃を突き出しました。


 真っ赤な血が障子や夜具に飛び散りました。


 剣は、白紫の目を貫き、彼の白い尾が戦慄いています。

 侍女は止めを刺そうと懐剣を握り直しました。


「白紫、白紫」

 夏姫が半狂乱で泣き叫び、侍女に飛びつきます。その隙に白紫は何とかその場から逃げたのでした。




 その後、白紫が姿を現す事は無く、夏姫はその身を案じながら失意の日々を送っていました。

 しばらくして、夏姫が身籠っている事が分かりました。

 お殿様は真っ青になり、密かに国一番の物知りの所へ相談へいきました。


「五月の節句の菖蒲湯に入れば、人間の子のほかは落ちてしまうだろう。心配なさるな」

 そう助言を受けたお殿様は、節句の日に菖蒲とヨモギ摘んできて、風呂を沸かし、腹の膨れてきた娘を入れました。

 すると娘から、蛇の子がゾロゾロゾロゾロ出てきて落ちていきました。




 一方、竜王神の宮では。

「まったく、お前という子は。ただでさえ弱いというのに。片目まで失ってしまうなんて」

 秀麗な顔を曇らせて、竜王はため息をつきました。

「あまつさえ、人の子を呪ってしまうだなんて、馬鹿にも程がある」

「私は呪ってなど、彼女を愛しているんです」

 驚いた白紫は声をあげました。

「いくら最弱とはいえ、お前は神の末席。特定の者に執着してはけないのだよ。それを御せないお前は、人間と触れ合う資格などない。もう二度と外へ出ることは許さぬ」

 竜王は厳しい視線を息子へ向けました。

「そんな、母上、彼女は今失意の底です。せめて最後に励ましの言葉位かけてやりたい」

 白紫は懇願しました。

「力がないくせに、傲慢な。お前に力があれば、あの娘から自分の記憶をきれいさっぱり消して、送りだしてやるところだろうに。力もなくて頭も悪い」

 母神は、頭を抱えました。

「でも、馬鹿な子ほど可愛いのは本当だよ。お前に破滅してほしくないんだ。変にこじらせて悪霊にでもなったら大変だからね」

 竜王は最後は困った様な笑みを浮かべました。



 会いに行けない白紫は、水晶球を覗いて夏姫の様子を見ていました。

 (私を想って泣く夏姫、我々の子を悼んで泣く夏姫。それでも、皆の前では微笑んで婚礼に臨もうとする夏姫。傍にいて、慰めたいと思うのは私が愚かだからだろうか)

 白紫は水晶に映る夏姫の顔をなぞりました。

 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る