Cut.20 〝街の狭間で月を見上げて〟
思えばつまらない人生だった。
色々なことがあったが、終わってみればこんな終わり方かよ、とも思う。
脇腹にはナイフ。
もちろん突き刺さっている。
抜けば死ぬだろう。
抜かなくてももう長くはもたないだろう。
救急車を呼ぶこともできない。
間に合うとか間に合わないとかだけではなく。
ああ、世界が点滅している。
熱さと寒さが交互に襲ってくる。
――これが死ぬということか。
「姿も、顔も声も今と違って。
名前も家族も捨てて、それでいいなら。
君には選び得る
声が、した。
返事をする元気も残ってなくて、俺は首が自重に従って落ちるに任せた。
視点が移り変わる。
ゆっくりとした足取りで目の前に歩み寄る、声の主。
男、西洋人、くせっ毛の金髪、年のころは17~18ほどか。
誰だ?との疑問は声にならず。
「喋るのもつらいだろう。
返事は言葉にしなくていい。
決断するだけでいい、君は。
――さて、どうする?」
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「『姿も、顔も声も今と違って。
名前も家族も捨てて、それでいいなら。
君には選び得る
って言われて、まあ『死にたくない』って思ったわけですが」
俺が淡々と現在に至るまでの事情を説明している間。
くせっ毛の金髪、十代後半に見えるその男はずっと視線を逸らしていた。
その部屋は薄紫と黒、赤の分厚い布がいくつも
照明は薄暗く、雰囲気はある。
折り重なる布の群れが音を吸い取るのか、そこはひどく静かだった。
そして、目前には豪奢な椅子。
そこに座すのは黒髪の、一部に鈍い銀の混じった腰まである長髪の、少女。
いやくせっ毛金髪青年の言葉が正しければ少女、ではないのか。
少女は、その部屋にいる全員からただ〝姫〟と呼ばれていた。
少女の背後、俺から見て左奥、少女から見て右の背後に金髪の青年。
そして少女から見て左、俺から見て右に適当に置かれたソファには別の少女。
そちらの少女はソファに寝転がって携帯ゲーム機を弄っている。
一見するとアジア系、中国人にも、日本人にも見える。
ゴスロリチャイナとでも呼べそうなよくわからない服を着ていた。
似合っては、いる。
とびきりの美少女なのは否定できない、
視線を感じたのか少女は頭の向きを変え、体全体で転がるようにして視線を転じる。
こちらへ。
そして気だるげなハスキーボイスで、言う。
「まあケヴィンが雑なのはいつもでしょ」
「雑とはなんだ……」
そう、ケヴィンだ。
確かケヴィン・ロングフェローだとか名乗っていた。
ソファにだらしなく寝転がった少女の方は確か、イヴアール、だったか。
「だって
んで結果がこれ、雑じゃん」
「――
急を要する事態だったと俺は言ったはずだが」
「そこは責めて無いんだよなぁ、姫も問題にはしてないし。
だから
猫のようにソファの上で器用に転がり、肘掛けの上に顎を載せながら、少女が言う。
重ねて反論しようとした
沈黙を守っていた少女、――
「……まあまあ。
さすがにこれでケヴィンを責めるのはちょっと、かわいそうだよ。
「――フン」
姫とやらに反論するつもりはないのかまた寝返りを打つ。
スカートの裾がめくれて脚線美があらわになる、が。
俺以外の誰もその事に気付いているのかいないのか。
平然とした態度のまま特に反応はない。
吸血鬼とやらは、
そう、吸血鬼だ。
今や俺もその一員、ということらしい、が。
まるで実感はなかった。
「まずは、
常なら人の名を捨てて新しい名を、と言うところなんだけど……」
と、小さく、だが確かに困ったように
年頃でいうとこちらも十代半ばか後半と言ったところだが。
確かに、外見年齢からは想像もできない風格、というか、圧があった。
「
名前だけ変えても片手落ちっていうか、さあ」
肘掛けの上に上半身をずり上げながら、猫のように
「ま、さておいて。
私たち
数年前まではそのまま互助会、って名乗ってたんだけど、」
「ダサ」
「――とのことなので、今は
あなたが望むなら新しい戸籍、就業の助け、
実物も一瓶もらった。
なるほど確かに、
「――代償は?」
だからこそ、納得がいかない。
無条件でそんな支援を受けれるとはどうにも不思議だった。
何か、裏があると思うのが普通で。
だが
「いろいろと、お願いすることはあるかもしれないけれど。
基本的には無料ですよ。
ああ、
「
「ええ。
こちらからお願いすることはあっても、当然に拒否権はあります。
住処も食事も無いと、人間も吸血鬼もすぐに犯罪に走るので。
いわばこれは治安維持に必要な必要経費なんです。
――だから
なるほど。
おとなしくしとけと、暗に言われているわけか。
「……じゃあ逆に協力したい、と言ったら?
何をさせようってんだ?」
俺の言葉に
「ん~……?」
と悩み始める。
この切り返しを想定していなかった?
そんなバカな。
「今のところ特には……。
ああ、VMトーナメントに出てくれる、とか」
「何だそれ」
妙な単語に思わず尋ね返す。
「
みたいな。
4年に1度やってまして。
ああ、でも戦闘力があるタイプにも見えないし、どうかな……」
ほんとになんだそれ。
「まあ、割といるんですよ。
ガス抜き、みたいな?」
こちらの疑問を察したのか、そんな事を言った。
困ったように笑いながら。
誰か具体的な人物を思い浮かべているようにも、見える。
「殺し合いを?」
「まさかまさか。
事故はありえますけど、基本それはナシです。
幸いにして簡単には死なないですし。
今のところ死傷者、じゃなかった死者ナシですよ」
「今のところも何も。
まだ1回しかやってないじゃん」
「――まあ、そういうのは遠慮したいかな」
俺の言葉に、
「あー、そのことなんだが」
と、
「――彼はプログラムが得意だ。
何せ電子ドラッグを作れるくらいで、」
「ドラッグはもう
「やらせませんよ」
「最低」
俺と、盟主、そして
だが咳ばらいを一つ、言い訳がましく言葉を続ける。
「いやそれはわかってる。
そのくらい腕がある、という話で。
そもそも彼はそれが原因で刺されて、」
「や、それは関係ない。
俺が刺されたのはただの痴情のもつれで、」
「へぇ」
あ、いや。
しまった余計な事言った。
「あ、いや。
まあ、それはともかく。
何やらせたいんだよ?」
「……以前から話があった
ああ、あれかー。と納得を見せる
「それは割と助かりますね。
ものがものだけに外注とかあんまりしたくないし」
「……SNSって、規模は?
そういうのの経験ねーぞ、俺」
「そんなにはいませんよ?
主要メンバーは私と、ここにいる2人、あともう一人くらいだし。
あとはあくまで互助対象ですし」
それにしたってその互助対象も含めるんだろ、と俺は唸る。
「それにしたって二百人かそこらですし……」
「いや、協力者の
連絡は取れたがいいだろう。
「それもうSNSじゃなくない?」
「だが急務だ。
人数が増える前に手は打っておきたい」
「あーまてまて。
結局何人くらいなんだよ、それ」
俺を置いてきぼりで言い合いが始まったので思わず嘴を挟む。
「――吸血鬼が二百四名、協力者というか
まあそこまで含めても五百には届かないでしょう。
大半は普通の流通ルートを流用して届けられる場所に住んでますし」
五百、五百か。
「難しいですか?」
小首を傾げて尋ねられ、思わず「そのくらいならまあ」と答えてしまった。
やらかしたかもしれんが、できないと思われるのも癪だったので、つい。
「なら、できればお願いしたいですね。
無理にとは言いませんが、割と助かります。
いかがでしょう?」
「――OK、わかった。
やる。
やらせていただきます」
俺は頷いた。
どう考えてもそこは焦点。
強制力のないただの互助会だと口先では言っているが。
俺はもう気付いている。
その流通をおそらくこいつらは抑えているのだ。
つまり、それは首輪なのだ、吸血鬼たちの。
一瞬だけ、
あいつは気づいてるな、俺が気づいてることに。
俺を推しておきながら油断も隙もねぇやつ。
見た目通りの優男ではない、ということか。
「では、決まりですね」
「そういうことなら、よろしく。
「?」
思わず、
で、
ああ、これ触れない方がいい
特になんとでもない、という
吸血鬼たちの、夜会の
「――では改めて、ようこそこちら側へ」
わざとらしく
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