Cut.20 〝街の狭間で月を見上げて〟


思えばつまらない人生だった。

色々なことがあったが、終わってみればこんな終わり方かよ、とも思う。


脇腹にはナイフ。

もちろん突き刺さっている。


抜けば死ぬだろう。

抜かなくてももう長くはもたないだろう。


救急車を呼ぶこともできない。

間に合うとか間に合わないとかだけではなく。



ああ、世界が点滅している。

熱さと寒さが交互に襲ってくる。


――これが死ぬということか。




「姿も、顔も声も今と違って。

 名前も家族も捨てて、それでいいなら。

 君には選び得る未来みちが残されている」



声が、した。

返事をする元気も残ってなくて、俺は首が自重に従って落ちるに任せた。

視点が移り変わる。


ゆっくりとした足取りで目の前に歩み寄る、声の主。

男、西洋人、くせっ毛の金髪、年のころは17~18ほどか。


誰だ?との疑問は声にならず。



「喋るのもつらいだろう。

 返事は言葉にしなくていい。

 決断するだけでいい、君は。


 ――さて、どうする?」





**************************************



「『姿も、顔も声も今と違って。

 名前も家族も捨てて、それでいいなら。

 君には選び得る未来みちが残されている』

 って言われて、まあ『死にたくない』って思ったわけですが」



が淡々と現在に至るまでの事情を説明している間。

くせっ毛の金髪、十代後半に見えるその男はずっと視線を逸らしていた。



その部屋は薄紫と黒、赤の分厚い布がいくつもひだを作って壁と天井を埋めていた。

照明は薄暗く、雰囲気はある。

折り重なる布の群れが音を吸い取るのか、そこはひどく静かだった。


そして、目前には豪奢な椅子。

そこに座すのは黒髪の、一部に鈍い銀の混じった腰まである長髪の、少女。

いやくせっ毛金髪青年の言葉が正しければ、ではないのか。


少女は、その部屋にいる全員からただ〝姫〟と呼ばれていた。

少女の背後、俺から見て左奥、少女から見て右の背後に金髪の青年。

そして少女から見て左、俺から見て右に適当に置かれたソファには別の少女。


そちらの少女はソファに寝転がって携帯ゲーム機を弄っている。

一見するとアジア系、中国人にも、日本人にも見える。

ゴスロリチャイナとでも呼べそうなよくわからない服を着ていた。


似合っては、いる。

とびきりの美少女なのは否定できない、


視線を感じたのか少女は頭の向きを変え、体全体で転がるようにして視線を転じる。

こちらへ。


そして気だるげなハスキーボイスで、言う。



「まあケヴィンが雑なのはいつもでしょ」



「雑とはなんだ……」



くせっ毛金髪ケヴィンがその言葉に間髪入れずに反論する。

そう、ケヴィンだ。

確かケヴィン・ロングフェローだとか名乗っていた。


ソファにだらしなく寝転がった少女の方は確か、イヴアール、だったか。


少女イヴアールは片手で携帯ゲーム機をつかんだまま、背伸びを一つ。



「だってヒメの許可も取らずにしたのは事実でしょ?

 んで結果が、雑じゃん」



「――象牙色イヴアール

 急を要する事態だったと俺は言ったはずだが」



「そこは責めて無いんだよなぁ、姫も問題にはしてないし。

 だからあたしが言ってるのは結果の方よ」



猫のようにソファの上で器用に転がり、肘掛けの上に顎を載せながら、少女が言う。

重ねて反論しようとしたくせっ毛金髪ケヴィンを、ゆるやかに持ち上がった手が制する。


沈黙を守っていた少女、――ヒメとやらが口を開く。



「……まあまあ。

 さすがにこれでケヴィンを責めるのはちょっと、かわいそうだよ。

 転成アナスタシスを経て身体的特徴はおろか顔形すら全く変わらないってのは、ね。

 希少レアっていうか、想像できないよ普通」



「――フン」



象牙色イヴアールはまだ不満げではあったが。

姫とやらに反論するつもりはないのかまた寝返りを打つ。

スカートの裾がめくれて脚線美があらわになる、が。


俺以外の誰もその事に気付いているのかいないのか。

平然とした態度のまま特に反応はない。


同性ヒメはおろか、異性ケヴィンすらも、一顧だにしない。

吸血鬼とやらは、人間ひとと同じような羞恥や劣情は抱かないらしい。


そう、だ。

今や俺もその一員、ということらしい、が。


まるで実感はなかった。




「まずは、夜会ソワレへようこそ。

 常なら人の名を捨てて新しい名を、と言うところなんだけど……」


と、小さく、だが確かに困ったように少女ヒメが笑う。


年頃でいうとこちらも十代半ばか後半と言ったところだが。

確かに、外見年齢からは想像もできない風格、というか、圧があった。



外見ナリがそのままじゃ、ねぇ?

 名前だけ変えても片手落ちっていうか、さあ」


肘掛けの上に上半身をずり上げながら、猫のように象牙色イヴアールが続ける。




「ま、さておいて。

 私たち夜会ソワレは、いうなれば吸血鬼の互助組織。

 数年前まではそのまま互助会、って名乗ってたんだけど、」


「ダサ」



少女ヒメの言葉に少女イヴアールが割り込む。

夜会の盟主ヒメは軽く肩をすくめてみせて、笑う。



「――とのことなので、今は夜会ソワレ、と名乗っています。

 あなたが望むなら新しい戸籍、就業の助け、抗陽光薬S.L.Rの提供を惜しみません」


抗陽光薬S.L.Rとやらについてはケヴィンに既に説明されていた。

実物も一瓶もらった。


なるほど確かに、現代いまを生きる吸血鬼には必要なもの、だと思える。



「――代償は?」


だからこそ、納得がいかない。

無条件でそんな支援を受けれるとはどうにも不思議だった。

何か、裏があると思うのが普通で。


だが盟主ヒメは薄く笑うのみ。



「いろいろと、することはあるかもしれないけれど。

 基本的には無料ですよ。

 ああ、抗陽光薬S.L.Rの代金だけは払って貰えると嬉しいけど」



無料ただァ?」



「ええ。

 こちらからお願いすることはあっても、当然に拒否権はあります。

 夜会わたしたちに協力的であってくれると嬉しくはあるけれど。


 住処も食事も無いと、人間も吸血鬼もすぐに犯罪に走るので。

 いわばこれは治安維持に必要な必要経費なんです。


 ――だから無料ただです、ええ」



なるほど。

と、暗に言われているわけか。



「……じゃあ逆に協力したい、と言ったら?

 何をさせようってんだ?」



俺の言葉に盟主ヒメは、だが何を要求するでもなく。



「ん~……?」


と悩み始める。

この切り返しを想定していなかった?

そんなバカな。



「今のところ特には……。

 ああ、VMトーナメントに出てくれる、とか」



「何だそれ」



妙な単語に思わず尋ね返す。



夜会ソワレが主催する、格闘大会?

 みたいな。

 4年に1度やってまして。

 ああ、でも戦闘力があるタイプにも見えないし、どうかな……」



ほんとになんだそれ。



「まあ、割といるんですよ。

 吸血鬼わたしたちって強いので、色々持て余してる吸血鬼ひとが。

 ガス抜き、みたいな?」



こちらの疑問を察したのか、そんな事を言った。

困ったように笑いながら。

誰か具体的な人物を思い浮かべているようにも、見える。



「殺し合いを?」



「まさかまさか。

 事故はありえますけど、基本それはナシです。

 幸いにして簡単には死なないですし。

 今のところ死傷者、じゃなかった死者ナシですよ」



「今のところも何も。

 まだ1回しかやってないじゃん」



少女イヴアールが鼻を鳴らしながら茶々を入れる。

少女ヒメは苦笑するだけで、特に否定も肯定もしない。



「――まあ、そういうのは遠慮したいかな」



俺の言葉に、少女ヒメはですよね、と嘆息。



「あー、そのことなんだが」


と、くせっ毛金髪ケヴィンが控えめに挙手。

盟主ヒメの視線が発言を許可するのを待って、続けた。



「――彼はプログラムが得意だ。

 何せ電子ドラッグを作れるくらいで、」



「ドラッグはもうらねぇぞ」



「やらせませんよ」



「最低」



俺と、盟主、そしてイヴアールに即座に否定されるケヴィン

だが咳ばらいを一つ、言い訳がましく言葉を続ける。



「いやそれはわかってる。

 そのくらい腕がある、という話で。

 そもそも彼はそれが原因で刺されて、」



「や、それは関係ない。

 俺が刺されたのはただの痴情のもつれで、」



「へぇ」



あ、いや。

しまった余計な事言った。



「あ、いや。

 まあ、それはともかく。

 何やらせたいんだよ?」



「……以前から話があった夜会ソワレの専用SNSをだな」



ああ、あれかー。と納得を見せる盟主ヒメイヴアール



「それは割と助かりますね。

 ものがものだけに外注とかあんまりしたくないし」



「……SNSって、規模は?

 そういうのの経験ねーぞ、俺」



「そんなにはいませんよ?

 主要メンバーは私と、ここにいる2人、あともう一人くらいだし。

 あとはあくまで互助対象ですし」



それにしたってその互助対象も含めるんだろ、と俺は唸る。



「それにしたって二百人かそこらですし……」



「いや、協力者の接続アクセスもさせたい。

 連絡は取れたがいいだろう。

 抗陽光薬S.L.Rの流通とか、」



「それもうSNSじゃなくない?」



「だが急務だ。

 人数が増える前に手は打っておきたい」



「あーまてまて。

 結局何人くらいなんだよ、それ」



俺を置いてきぼりで言い合いが始まったので思わず嘴を挟む。



「――吸血鬼が二百四名、協力者というか抗陽光薬S.L.Rの流通関係は……。

 まあそこまで含めても五百には届かないでしょう。

 大半は普通の流通ルートを流用して届けられる場所に住んでますし」



盟主ヒメがすらりとそう答える。

五百、五百か。



「難しいですか?」



小首を傾げて尋ねられ、思わず「そのくらいならまあ」と答えてしまった。

やらかしたかもしれんが、できないと思われるのも癪だったので、つい。



「なら、できればお願いしたいですね。

 無理にとは言いませんが、割と助かります。

 いかがでしょう?」



「――OK、わかった。

 やる。

 やらせていただきます」



俺は頷いた。

抗陽光薬S.L.Rの流通、そこに一枚嚙めるというのは願ったり叶ったりだ。


どう考えてもそこは焦点。

強制力のないただの互助会だと口先では言っているが。


俺はもう気付いている。


抗陽光薬S.L.R、現代を生きる吸血鬼にとって確実に必要なもの。

その流通をおそらくこいつらは抑えているのだ。


つまり、それはなのだ、吸血鬼たちの。


一瞬だけ、くせっ毛金髪ケヴィンの瞳が剣呑な色を帯びる。

あいつは気づいてるな、俺が気づいてることに。


俺を推しておきながら油断も隙もねぇやつ。

見た目通りの優男ではない、ということか。


盟主ヒメの右腕を自称してたもんな。



「では、決まりですね」



「そういうことなら、よろしく。

 あたし象牙色イヴアール

 ヒメの右腕だから、覚えておくように」



「?」



思わず、くせっ毛金髪ケヴィンを見た。

くせっ毛金髪ケヴィン象牙色イヴアールを見ていた。


で、象牙色イヴアールは何かを察した顔でくせっ毛金髪ケヴィンを見た。



ああ、これ触れない方がいい話題やつだ。


特になんとでもない、という表情かおで。

吸血鬼たちの、夜会の盟主ヒメは立ち上がり、手を差し出してくる。




「――では改めて、ようこそ



わざとらしく犬歯きばを見せて笑う少女に、俺はため息混じりに手を握った。







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