第4話ー② ドラゴン退治はしたくない……けど 2/2

 ――


 鳥の囁きが聞こえる、涼やかな朝。

 昨日の疲れが取れず、目の下の隈を化粧で隠したエラーブルは、疲労で幻聴でも耳にしたかのように目を剥いた。


「仕事ください」

「……」


 冒険者ギルドで仕事を求めるの当たり前である。けれど、それが依頼を受けたくないと常日頃から宣うS級冒険者であれば、耳も疑いたくなる。

 手を伸ばすと、びくりと避けようとするラパンを眼差しで咎め、そっと額に触れる。あうあうと赤面するラパンに、エラーブルは一言零す。


「頭の病気……」

「ねぇ? なに確認したの?」


 流石に怒ったのか、ラパンは頬を膨らませる。

 本人としては不満顔なのだろうが、子供のように愛くるしい姿であるため、微笑ましくはあっても怖くはない。


「あまりに珍しかったもので。まさか、ご自身から依頼をすると言い出すとは」

「一応冒険者ですよ? 仕事ぐらいします」

「最近、指名依頼以外で受けた仕事は?」

「……」


 無言のままカウンター下にラパンは消えていく。その態度こそが、なにより雄弁であろう。


「理由はどうあれ受けてくれるのであれば助かります」


 頭の状態を疑いこそすれ、助かることに変わりはない。

 高ランクの依頼書を束ねると、参考としてカウンターに乗せる。


「どの依頼を受けるのでしょうか?」

「優先度の高い未処理の依頼を上から順に」

「待っていてください。今、医者を呼びます」

「深刻そうな顔しないで」


 もう駄目だこれは間違いなく病気だ頭に重大な欠陥を抱えていると、エラーブルが真っ青になり医者を呼び出そうとするのを、ラパンは慌てて止める。

 こんなに仕事熱心なラパンはありえないと、普段ピクリとも動かないエラーブルの表情が、心配そうに歪む。疑うのではなく、心の底から心配され、ラパンの心は砕けそうであった。


(仕事をしたいと言っただけなのに……)


 ホロリと涙が零れる。人はこれを普段の行いのせいと呼ぶ。


「本当にどういう風の吹き回しですか。依頼一つ受けるのも嫌がるラパン様が、複数の依頼を受けられるなんて」

「労働に勤しみたい気分なんですよ」

「本当でしょうか?」


 じっと穴が空くほどに見つめられ、耐えかねたラパンが顔を逸らす。横に向いた故に、エラーブルから見えるようになった耳は赤くなっていた。


「それではこちらをお願い致します」


 依頼書の束から取り出したのは、討伐等級S級。


「――ドラゴン退治です」


 ■■


 モストル近郊の森の奥、隣国との国境線を描くように山脈はそびえ立っている。

 山頂付近に近付くにつれ、山には雪化粧が施される。

 雪景色に溶け込んでしまいそうな銀髪を持つラパンは、とぼとぼと斜度の高い山道を登っていた。 


「嫌だなぁ……嫌だなぁ……ドラゴン退治ぃ」


 大きな体に硬い鱗。翼を持ち空を飛ぶ、天空の支配者。

 個体によっては火や雷を巻き起こし、討伐した者は竜殺しドラゴンスレイヤーとして語り継がれる程に凶悪なモンスターだ。


 ラパンを大きな影が覆う。

 空を見上げれば、両翼を広げた赤い鱗の生物が、小さく火を噴いている。


「うわぁ……しかも火竜かぁ」

『グルァアアアアアアアアアアアッッッ!!』


 ラパンの気配を察したかのように、ファイヤドラゴンが降り立つ。

 獰猛な牙を剥き出しにし、今にも口を広げて噛み付いてきそうだ。

 あまりの凶悪なビジュアルに、ひうっと僅かに息を吸い込む。その顔は蒼白で、ドラゴンに立ち向かう英雄とは思えない。


「でもしょうがない」


 ラパンは今にも逃げ出したかったが、震える足を踏み止まらせ、ファイヤドラゴンを精一杯睨みつける。


「今回だけは、エラーブルさんのために頑張ろう!」


 恐怖は消えずとも気合十分。腰に携えた剣を抜き、一人の冒険者が伝説に挑む。

 ……決してアデライドが怖くて屈したわけではない。


――


 ファイアドラゴンの首を狩ったラパンは、住処にしていただろう大きな洞窟を見つけて中を探索していた。


「おぉっ! お宝だ!」


 金銀財宝から変哲もない石ころまで。

 ファイアドラゴンが集めたのか、光り輝くお宝の山に、稀なことに冒険者としての魂が騒いだのか、目を輝かせていた。


「やっぱり光物が好きなのかなぁ。元は山賊かなんかの根城だったのかも?」


 宝の山の中には剣や盾などといった武器もあり、過去、ファイアドラゴン以外が居たことを想起させた。


「……ん?」


 ふと、宝の山の中に気になる色合いの宝石を見つけて、ラパンは近付いていった。


 ■■


 冒険者ギルドが忙しかった元凶であるドラゴンが退治され、職員たちには束の間の特別手当と休暇が与えられていた。


『ひぃいいいいっ!?』


 一人、悲鳴を上げて仕事をしているだろうギルド長生贄の悲鳴を肴に、それぞれが休暇を楽しんでいる。

 中でもエラーブル邸では、こじんまりながらもパーティを開き、家主の誕生を祝っていた。


「誕生日……忘れていました」

「だと思っておりました」


 思わぬサプライズに呆けている主に、アデライドは苦笑する。


「騒がしいのはお好きではないかと思いましたので、最少人数で。とはいえ、弟妹様方が来られなかったのは残念でございます」

「勉強もあるでしょうし、仕方がありません。お祝いしていただけるだけでも、感謝です。なにより」


 ちらりと会場を見れば、既に出来上がっているリコ。顔を赤らめ、片手には黄金色の酒が注がれたグラスを持っていた。


「いえーい! せんぱーい! 盛り上がっていきましょー!!」

「……一人で十分騒がしいですから」

「残業からも開放されて、先輩の誕生日会だなんて、はっちゃけな嘘じゃないですかー!」


 ここ最近は激務続きであった。

 染める余裕もなかったのか、頭の天辺付近が地毛の色である黒が侵食し始めている。受付嬢として、女として、見目を気にするリコがここまで頑張ったのだ。

 今日だけはと、エラーブルは羽目を外すことを許容する。


「飲み過ぎて倒れないでくださいよ」

「大丈夫です! 今日は泊っていきますので!」

「アデライド。申し訳ないですが、客室を準備しておいてください」

「かしこまりました」


 アデライドが姿を消す。他の使用人に指示を出しに行ったのだろう。

 葡萄酒を口にしながら、エラーブルは部屋の隅っこでちびちびと葡萄ジュースを飲んでいるラパンに声を掛けた。


「で、私の誕生日会を開くために仕事をしていたと?」

「ちちち、違いますよ? 働く意欲に目覚めたんです! 本当ですよ!?」

「それは助かります。明日もお待ちしておりますね?」

「……働く意欲、惜しい奴を失くしたものだ」

「残ったのはカスですか」


 残念な物を見る目で見られ、ラパンがショックで倒れそうになっている。


「追及はここまでにしておきましょう」


 祝いの席だ。それも、エラーブルの誕生を祝福する幸福な日。

 これ以上は野暮であり、自身のために奮闘してくれた者達に失礼だと、エラーブルは煽るようにグラスの中身と共に苦言も飲み干す。


「ただ、感謝だけは伝えさせてください。ありがとうございます」

「っ、なんのことだか分かりません」

「私も、なににお礼を言ったかは分かりません」


 背を向け恥ずかしそうに縮こまるウサギのように愛らしい少年を、エラーブルは微笑ましく眺めている。

 と、ラパンは突然立ち上がると、エラーブルの正面に立つ。

 目を丸くするエラーブルに、ラパンは後ろに手を回してどうしたものかと視線を彷徨わせている。


「あのっ、そのっ……~~っ! これを!」

「青い……宝石?」


 ラパンが差し出したのは、箱に入った小さな青い宝石であった。

 角度によって色合いを変える宝石は美しく、目を楽しませる。

 精一杯顔を背けたラパンは、首筋まで赤くし、言い訳のように言い募る。


「ドラゴン退治の時に見つけて! あぁっと、エラーブルさんの目に似てるなって、だからっ、ネックレスにしてみたんですけどっ」


 言われてみれば、青い宝石はエラーブルの瞳に酷似していた。

 思いもしなかった誕生日プレゼントに、エラーブルは青い宝石のネックレスを手に取ると、ゆっくりと俯いてしまう。


「もういいです……」


 言葉こそ淡泊だが、長い黒髪の隙間から覗く耳は、赤色に染まりなにより彼女の気持ちを物語っていた。


「ありがとうございます。とても、嬉しいです」

「そ、そうですか!」


 息をも止める、美しい微笑み。

 顔に感情を出すことがほとんどなく、無表情が当たり前のエラーブルが見せた笑顔。

 竜を退治したことよりも、宝を手に入れたことよりも、笑った顔が見れたことが嬉しかったというように、ラパンは安堵し、嬉しそうに笑った。


「ふふふ。目の色の宝石だなんて、随分重たい物をプレゼントするんですのねぇ?」

「や、やぁあああああっ!?」


 いつの間にか背後に居たアデライドの怨嗟の声に、ラパンは格好悪く泣きながら悲鳴を上げる。

 最後まで格好の付かない男である。

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