仕事をしたくない臆病な転生最強冒険者 と 仕事をさせたい才色兼備の受付嬢
ななよ廻る@ダウナー系美少女2巻発売中!
第1話 ゴブリン退治は受けたくない
サンクリエール王国東部にある辺境都市『モストル』。
モンスターが多く発生する地域で、通称『冒険者の街』と呼ばれる都市の冒険者ギルド、その受付にて、一人の少年が目に涙を浮かべて抗議をしていた。
「ゴブリンの討伐? 嫌ですよ絶対! やりたくありません!」
「そこをなんとかお願いできませんか?」
受付嬢の証である黒いベストを着た、黒髪の整った顔立ちをした女性は、愛想笑いも浮かべずに淡々と言う。
「冒険者ギルドから呼び出されて、怒られるのかと思ってビクビクしながら来てみれば、なんで依頼を受けなきゃいけないんですか? そもそも、指名依頼だなんて聞いてないんですけど?」
「言っていたらこなかったでしょう?」
「絶対に来ません!」
断言する銀髪の少年――ラパン・モンドは、銀の瞳を隠すようにぎゅっと目を瞑ると、真っ青になって叫ぶ。
「――ゴブリンに凌辱されて孕まされちゃうっ!!」
「貴方様は男でしょう。孕みません」
「女性が孕むとか言わないでください! 破廉恥!」
「……めんどくせぇ」
ぼそりと呟かれた受付嬢らしからぬ悪態。
幸い、少年には聞こえていなかったらしく、赤くなって受付に顔を伏せている。
「安心してください。ゴブリンが男性を孕ま……子供を産ませるなんてことは聞いたことがありません」
「わからないじゃないですかぁ! なんか特殊な魔法とか体液とかで体を女に変えられて、男の私が孕まされるかもしれませんよ!」
「ありません。そんな事例は皆無です」
「そんなわけないですよ! だって昔読みましたもん――同人誌で!!」
どうじんし。
受付嬢は聞き慣れぬ言葉であったが、ラパンとの会話で何度か耳にしてどういったものなのかはおおよそ把握していた。
「……ラパン様の仰る『どうじんし』という物が、物語を記した本だということは貴方様の言動から把握しておりますが、それは妄想です。娯楽小説となんら変わりありません」
「絶対なんてない! なぜなら私がこの世界にいるんですから!」
なにがなぜならなのか。
会話の要所要所でラパンは、受付嬢の理解できない言葉を使う。同じ言葉を使っているはずだが、どうにも意味が通らない。頭がおかしいと言えばそれまでだが、ラパン本人は至って真面目であった。
「ラパン様の仰りたいことが大変理解に苦しい時がありますが、宜しいでしょう。百歩譲って貴方様の言葉が正しかったとしても、問題はありません。ラパン様であれば討伐できます」
「無理ですよぉ、だって私は勇者でも英雄でもありませんもん。呆気なくゴブリンにやられちゃうモブキャラですもん」
「もんとか可愛らしく言ってないで、早く仕事してください」
「エラーブルさんが辛辣ぅ」
スンスンとラパンは鼻を鳴らす。
弱々しい見た目に、庇護欲を誘う態度。彼が『ラビット・スキン』という通り名で呼ばれるようになった一因だ。
他の受付嬢であれば、可哀想だと追及の手を緩めるかもしれないが、ラパンの担当受付嬢であるエラーブル・レセプションは氷のように冷たかった。
「そもそも、考えてみてください。ゴブリンは女を攫い、犯すという恐ろしいモンスターです。たとえ、その知性が低かろうと、脅威であることには変わりないんですよ?」
「そうですね。そのために、冒険者ギルドにも依頼がきております」
「だいたい、行為中に出くわしちゃったらどうすればいいんですか!? 恥ずかしすぎて目も開けてられませんよ!」
「そこは助けてください貴方様は冒険者でしょ?」
「冒険者の前に一人の男です!」
「……はぁ、童貞拗らせた子供か」
「今酷いこと言いませんでした!?」
「いいえ。全く。冒険者ギルドの受付嬢は、礼儀正しい淑女でございますから」
しれっと何事もなかったかのように口にする。
背筋を伸ばし、顎を引いて真っ直ぐにラパンを見つめる姿は、なるほど。礼儀作法を身に付けた淑女そのものであった。
先ほど聞こえた淑女らしからぬ言葉を、誰も彼女が口にしたとは思うまい。空耳か、はたまた起きていながら妖精に夢でも見させられたのか。
逸らされない視線に根を上げたのは、ラパンであった。彼は崩れるように受付に突っ伏すると、顔を両腕の中に隠してしまう。
「うぅ、わかりましたよぉ。やればいいんでしょやれば」
くぐもった声。けれども、確かに聞こえた了承に、エラーブルは一つ頷くと一枚の書類を机を滑らせてラパンに差し出す。
「では、こちらの依頼書に署名をお願いいたします」
「署名……」
突き付けられた依頼書を見てなにを考えたのか。
手渡されたペンを握ると、ラパンは署名欄に名前を記した。
エラーブル・レセプション
「指を出してください。ふざける度に一本ずつ落としていきます」
「罰が厳しすぎませんっ!?」
「では、なぜご自身の名前ではなく、私の名前を書いたのでしょうか?」
「だって、署名をしろとは言われましたけど、私の名前を書けとは言われてなかったので」
「はぁ……では親指から」
「書きました! 書きましたらその手に持っている刃物を下ろしてください!」
どこから取り出したのか、ギラリと怪しく輝く短剣を握るエラーブルは、依頼書を押さえていたラパンの左手を掴む。
見目麗しい受付嬢に手を握られるのは、男性冒険者にとって喜ばしいことであろう。中でもエラーブルは辺境の冒険者ギルドきっての美女だ。彼らの様子を伺う冒険者たちは羨ましそうに、はたまた嫉妬に満ちた目で睨んでいるが、まさか指を落とされそうになっているとは到底思うまい。
観念して自身の名前を書いたラパンから、依頼書を回収する。
ラパン・モンド。
間違いなく書かれた署名を確認したエラーブルは、受付が終わったというのに未だに椅子に座り続けるラパンを見て首を傾げた。
「……? いかがしましたか? 手続きは完了しましたよ」
「はい」
よい返事だ。状況は理解しているのだろう。
それでも動かないラパンに、エラーブルの碧眼が徐々に細まっていく。
「いつまでここにいるつもりですか?」
「依頼を受けるとは言いましたが、いつ行くかはこちらの自由なので今日はゆっくりしようかなと「いいから早く行け」
脅すように怒気を込めて。
あまりの迫力に小さく悲鳴を上げたラパンは、通り名に相応しい逃げ足を見せつけた。
冒険者ギルドを飛び出すラパンを見届けたエラーブルは、表情にこそ出さないが、疲れたように息を吐き出した。
「やっと行っていただけましたか……」
「お疲れ様です、先輩。大変でしたねぇ」
そう声を掛けてきたのは、最近辺境ギルドの所属になった後輩受付嬢だ。
ラパンとのやり取りを見ていたのだろう。おかしそうに口元を押さえながらも、こらえきれないのかクスクスと笑いが零れている。
「私の担当冒険者です。やる気にさせるのも私の仕事……そう思っておきます」
「それは受付嬢の仕事ではない気がしますけど」
「仕方ない部分もあります。そもそもが冒険者ギルドからの指名依頼です。ラパン様ご自身で選んだ依頼ではないのですから、拒否したくもなるでしょう」
「いやぁ、あれは根本的に面倒くさかっただけな気がしますけど」
そういった一面もあるのだろう。
けれども、その本質は怯えにあるのではないか。ラパンがこの辺境の冒険者ギルドで登録をしてから、ずっと彼を担当し続けているエラーブルは、そんな風に感じていた。
ラパンが受けた依頼書を見た後輩受付嬢は、不安そうに眉尻を下げる。
「でも、あんな様子で大丈夫なんですかね。いくらゴブリンが低級のモンスターとはいえ、この依頼は……」
「問題はないでしょう。なにせ、ラパン様は王国唯一のS級冒険者ですから」
その点に関してだけは心配していないというように、エラーブルは待っていた冒険者を呼び出し、忙しい受付業務へと戻るのであった。
――
場所は変わり、辺境都市『モストル』近郊にある草原。
森に隣接する草原地帯は、豊かな緑が広がっていた。一見、ピクニックにでもできそうな穏やかな草原で、白い戦闘服姿のラパンが目尻に溜めた涙を零しそうにしている。
「うわぁ……本当にやだ。うじゃうじゃうじゃうじゃ。一匹見つけたら千匹とかそういう類なのかなぁ。早く終わらせて帰ろう」
潤んだ視線の先には討伐対象であるゴブリン――その軍勢だ。
千をも超える大隊規模の大勢。
中には、杖を持ったゴブリンメイジや、剣と鎧を纏ったあたかも騎士かのようなゴブリンナイト。軍勢の先頭付近には、大柄な体でゴブリンたちに指示を出すゴブリンジェネラルが剣を天に翳していた。
そして、軍勢の最奥。あらゆるゴブリンの頂点に君臨し、頭上に輝く王冠を乗せたゴブリンキング。
多種多様なゴブリンたちの軍勢による軍事行動。つまるところ、戦争であった。
討伐等級はSランク。冒険者ギルドが発行する依頼の中で、最も等級の高く、危険な依頼。
「うぅぅっ、死んだら恨むからなぁ、エラーブルさんっ!!」
蒼白に涙目。とても戦いに臨む勇者の姿ではない少年は、腰に差した剣を抜くと、迫りくるゴブリンの津波に自ら飛び込んでいった。
彼の通り名は『
兎の皮を被った、世界に五人。王国に一人しか存在しない地上最強のS級冒険者である。
――
「はい。これで受付完了となります。無事の帰還をお祈りしております」
エラーブルがラパンに指名依頼をしてから数日。
辺境の冒険者ギルドは至って平和であり、受付は常日頃と変わらずに大忙しであった。
黒髪の、整った顔立ちをしたエラーブルが、並んでいた最後の冒険者を捌くと、横から後輩の受付嬢が誰かを探すように周囲を見渡しながら声を掛けてきた。
「先輩、ここ最近ラパンさん見てないですけどどうかしました?」
「……部屋で黒いカサカサ動く虫を見つけて、日夜戦っているそうです」
「あははー。うけるー」
今頃、黒い虫を見失い、ベッドで丸くなってカタカタ震えているのであろう。
そんな、とてもS級冒険者とは思えない滑稽な姿を思い浮かべて、エラーブルはクスリと笑った。
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