澤村
魅了の魔眼だから、と澤村が言う。
私は、彼女の右目についた眼帯を見つめる。嫌でも目につくその黒い眼帯を見つめる。無声映画のような沈黙が流れる。映画の中で、少女が嬉しそうに魔法の杖を振り回す。
私は、その映画の結末を知っている。
国語準備室に澤村が入ってくる。「ノックをしろ」私は言う。澤村は答えず、ただ笑って、私の隣に座り込む。その黒いボブカットが、私の読んでいる本を覗き込む。
「それ僕も読んだやつだ」
私は答えない。部屋に沈黙が流れる。風で木々が揺れたのがわかる。目線を落とし、澤村の足に上履きがないことに気付く。悪い想像が始まる。
想像①:私は澤村を殴りつける。黒い眼帯を引き剥がし、スカートをズタズタに引き裂く。澤村はナカムラになる。私は耐えられず、融解する。
想像②:大量のナカムラにより魔女狩りが行われる。澤村は魔法の杖(金属バット)でナカムラA・Hを倒す。ナカムラB・C・D・E・F・Gによって澤村は嬲られ、暴行され、焼かれる。澤村はナカムラになる。私は耐えられず、融解する。
私はいらついている。澤村は呑気に弁当を食べている。いらついてしまう。
私は、今頃教室でナカムラが澤村の話で盛り上がっているのを知っている。
誰とも関わりたくない、そう思っていた。どうでもいい人間達は全員ナカムラと呼ぶことにした。顔の見分けなんて最初からつかなかった。ナカムラと私、それが世界だった。それで良いと思っていた。鬱陶しい中二病眼帯女がまとわりついてくる前までは。
澤村が停学になり、顔を見ないまま夏休みに入った。私は群馬のクソ田舎の図書館で、その頼りない蔵書を読み尽くす挑戦に明け暮れている。いつも通り幻想文学の棚まで行くと、一人の少女が佇んでいる。少女は眼帯をしていなかった。髪が伸びていて、丸眼鏡をしていた。少女は立ちつくした私をちらりと見て、再び書棚に目を移した。
「澤村」私は呼び掛ける。少女は答えず、ただ笑った、ように見える。私は近づいて、彼女の顔を覗き込む。長い前髪で隠そうとしても、嫌でも目につくその眼を見つめる。
私は、澤村の右の瞳が魅了の魔眼であることを知っている。澤村よりも、知っている。
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