シュガーバイン

お白湯

シュガーバイン


「寝てる間にずっぽしー。」


『寝てる間にずっぽしかー。』


 今日は朝から窓まで掃除をした。それで自分が美しくなる訳ではないのだけれど、電話しながら眺める部屋が整ってる事に少しだけ快適さを覚える。しかし、友達との通話の最中、外は土砂降りで気分が重くなった。


「目が覚めたら入った状態。もう寝込み襲うの何回目だよってなってさ。」


『男ってそういうとこあるよねー。』


「酔ってたのもあるだけどさー、生だしさー。ホント勘弁。しかも、中に出すと気持ちが離れにくいってなんか説明されてさ。」


『なにそれ?マ?』


 私は鉢植えのシュガーバインにミニジョウロで水をあげる。手を広げたような小さな葉っぱがこんもりしてて可愛らしく、水泡が乗っかった葉っぱを指でじゃらした。鉢からツルが溢れ出し垂れ下がっているが、どこに向かいたいんだろうかと私は目で追いかけると、棚の裏側へと降りていた。


「マ。中に出すと今までにない体験だから記憶に残るし、その分快感があるから特別だと思えるっだってさ。」


『中に出すと気持ちが離れにくいとか阿呆な事ほざいてんの、男のわがままだよね。そういうのに乗せられちゃダメだから。』


 お昼ご飯を無くしてパンケーキに挑戦したが、焦がしてしまった。三枚焼いたが誰かにあげるのも気が引けて、結局自分で食べた。甘いベリーソースをかけて食べたが、見栄えだけで言えば黒と赤のコントラストは意外にもイケてて思わずスマホで撮ってみた。

 お皿が白かったのも良かったんだ。

 部屋の中を甘い香りが今でも漂っていて、ちょっとだけ気分がふわっと軽くなる。


「そういうの気持ち悪くない?愛いしてるだのなんだの言いながら、快感に浸りたいだけじゃん。なんかさ、オナニーしてんのと変わんなくない?しかも、余計腹立つのが愛嬌あんの。」


『せやなー。調子がいいって言うか愛嬌があってやってくるってなると計画犯だね。』


「でしょう?こちとら、アフターピル使っても不安って消えるわけじゃないし。」


『生理遅れたりしたら不安残るもんね。それで喧嘩別れしてきたって事ね。』


 昨夜、喧嘩別れをしてきてそれからちょっと塞ぎ込んだが、今朝には我ながらケロッとしたものであった。


「まあ、もうイク演技とかしなくてもいいし、合わせなくても…いい……。」


 しかし、色々考えると何故だか今更泣けてきた。言い淀むのと同時に涙と鼻水でぐしゅぐしゅだ。ベージュのトップスの袖元で拭いながら、部屋の隅にうずくまった。

 今日が休みで良かった。


『あー、もう泣かない泣かない。』


「…でもさ、会いたくて泣けてきちゃうんだよね…。心地良いとか思ってたんかな?幻かもしんないけど…。」


『それはずるいよ。自分でフったんでしょ?』


「…どうせ私以外にも女なんかいるだろうし、その程度の人だよ。」


 あの人はこのシュガーバインみたいに鉢植え草だろう。水がないと生きていけない。地植えが出来ない観賞用で乾いた鉢に水を欲しがっている。愛が欲しいとツタを伸ばしては、甘い蜜を葉っぱの裏側に隠しているんだろう。


『じゃあ、なんで一緒にいたの?』


「お手紙とかくれるし、たまに料理とか作ってくれて、大事にされてるのかなとか思っちゃうじゃん。どうせ私は恋愛脳の大バカ野郎ですよ。」


『恋愛だけが全てじゃないんだし、卑屈になるなよ。』


 私も多分このシュガーバインみたいに鉢植え草なのだろう。観賞用で地植えが出来なくても雨を探しに自ら行ける。涙を拭いて立ち上がり窓辺に腰掛ける。


「いっそフリーでいるのも悪くないか…。」


『弱ってるところにつけ込むようで気が引けるんだけど、恋に不真面目な人間が恋人の好きなところをちゃんと言えるわけないでしょ?俺と真面目に恋するところ見せてよ。』


「…。」


『殺し文句のつもりだったんだけど、あれれ?』


「あんたからそう言われるとは思わなかったわ。それに恋人じゃなくて、セフレだし。」


 窓を開けて外を見渡す。

 土砂降りの雨も上がり夕方の空には虹がかかっていた。電話の相手をするのも面倒くさくなりスマホを置いて、風景に心を溶かすように空を眺め一つ伸びをした。


『もしもし?おーい。もしもーし?』


 多分、私は気ままなところは変わんないし、それでいいと思える自分がいる。

 夕陽に鉢植えを当ててツルを指に巻いて遊んでみた。

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