悪役令嬢として国外追放された私が故郷に誘拐されたら竜騎士が助けに来た話

山田冥

悪役令嬢として国外追放された私が故郷に誘拐されたら竜騎士が助けに来た話

「とうとう見つけたぞ! 魔女め!」


特製朝定食(俗称モーニングセット)を楽しむお客様でちょっと混んでいる私の喫茶店に、騒々しいお客様方がやってきました。


偉そうな男性を先頭に、合計6名ほど。厄介な団体客です。


他のお客様や私以外の店員やらにすごい目で見られてますけど、気づいてないのでしょうか。まぁ、ないんでしょうね。


「他のお客様のご迷惑になります。大きな声を出すのはーー」


「とぼけるな! 余の顔を忘れたはずはない!」


はて、困りました。


確かに私はこの方を知っています。


隣国の王子様。次の王様。そして私の元婚約者。


その後ろにいるのは魔法が上手な御親友さんと、剣を振るのが好きな私の元愚弟。他3名は知りませんが。


一体何しに来たんでしょう。真実の愛を見つけて、嘘っぱちの罪(格下貴族の令嬢を虐めたとかいうしょっぱい罪でしたね)で私を一方的に婚約破棄した挙句、平民に落として国外追放し、今は新しい女といちゃこらしているはずでは?



まぁ何にせよ知らんぷりです。こういったことには体裁が何より大切なのですから。


私は「よりにもよって学園の卒業式の日に多くの人が見守る中罪を暴かれ、平民に落とされて国外へ追放され、他国へ逃げ延びた元貴族の女」ですよ。


今は冒険者ギルド前で喫茶店の店長やってるだけの(一応)平民な訳です。


「ただの平民がなぜか隣国の貴族様や王子様の顔を知っている」なんて、まずいでしょ。



そもそもですよ? 知っているなら知っているで、安易に返事しちゃいけないはずですよ。だって王族相手なんだから。


まずは目を合わせる前に頭を垂れ平伏し、お許しをいただくまでは会話はおろかご尊顔を拝むことすらできないはずです。




まぁ、無理でしょうね。この人には。そういうのは。馬鹿だし。


「おい兄ちゃん、ちいと邪魔くせぇぞ」

「見ねぇ顔だがどこから来たんだ? 冒険者ってナリでもねぇな」

「ほう、ほう、なるほどな。こうもたくさんの男に股を開いたのか。お前にはお似合いだよ」




ん? んん?? んー、ああ! なるほど!!



店のお客様を全員、私の子分か何かだと勘違いしているのですかね。


私のような女の店に来るのは、私が必死に性的な接待をして味方につけた、素行が悪けりゃ身分も低い男ぐらいだと言いたいのでしょうか。


相変わらずコミュニケーション能力に難があるようです。


罵倒は相手に伝わらないと意味がありませんのに。




あ違うな。喫茶店とか知らないのかこの人。多分それだ。悪意以前の問題かぁ。


「逃げても無駄だぞクソアネキ」

「その漆黒の瞳、月のような肌、見間違うものか」

「よしお前ら、この犯罪者を連行しろ」


あらあらどうしましょう。


王子様、じゃなくて身分不明の偉そうでピカピカした服を着た男性のお供が、私を捕らえようとしています。


お店にいる皆さんの目がとっても怖くなってしまいました。ちょっと一言、言っておきましょうか。


「お客様方、落ち着いてください」

「お嬢様」

「お嬢様ではなくて店長です。少し店を空けます。店長代理の仕事はお願いしますねエリサ。お隣の娘さんにお手伝いを頼んでね」

「しかし今日は大切な――」

「でん……あの方にはあなたから説明しておいてください」


今日は絶対に外せない大切な用事があったのですが、やむを得ません。


おそらくお馬鹿さん達についていく方が、最終的には都合が良いでしょうし。


「おいアネキ、そいつも連れて行くに決まってるだろ。元々うちの家で飼ってた女だぞ!」

「騒ぐのをおやめ下さいお客様。警備兵を呼ばれたいのですか?」

「バカ女め。未来の王である私を捕まえれば無事では済まんだろうさ」


あーあ、お忍びのはずでしょうに。王族だって自分で言うんですね。相変わらずバカだなぁ。


「はぁ。仮にそれが本当ならあなたは『この帝国にお忍びでこられた隣国の王子様で、白昼堂々人を攫おうとしている』と言うことになりますよ」

「それがどうした。ここにいる連中は全員始末すれば何も問題にはなるまい」

「んだとてめぇ!」

「もう我慢ならねぇ!」

「……すぞ」


「み、な、さ、ま」


やむを得ませんね。少し圧をかけましょう。魔法って便利!


「ついて行くのは私一人です、よろしいですね」


「そ、そん「ついていって差し上げるのですからごちゃごちゃ言わずに参りましょう。さぁおば……お客様方! 店を出て!」


そんなに睨まないでくださいな謎のお客様。今ここで全員殺しても良いのですよ。


******


「久しいなカミラ・ヴァレンタイン、いや今はただのカミラか。貴様のせいで未来の王妃が苦しんでいる。どう責任を取るつもりだ」


お久しぶりです王様。ところで面を上げよとか口をきいてよいとか、何かありませんかね。お返事ができないのですけれど。


「もういい父上! 私が裁きを下す! 魔女よ! お前が呪いを掛けたせいで我が妻が苦しんでいる! 呪いを解かねばお前を処刑する!」

「そうだクソアネキ! お前のせいであの子は……あの子は苦しんでいるんだ!」

「嫉妬に狂った魔女め……絶対に許さない」


知りませんよ。なんのことですか? あと顔上げたいんですけどまだですか?


「騒がしいですね」

「母上! あなたからも言ってやってください! 私の愛しいキティはこの女のせいで妃教育がまともに受けられないんだ!」


あっどうもお久しぶりですお妃様。あなたから教えてもらった算術のおかげで店の経営ができています。でも非人道的な扱い受けたのは忘れてないですからね。


「面を上げなさいカミラ。口もきいて良いです。私がいない間にあなたが居なくなったのは痛手でしたよ。ようやく連れ戻せました」


「ありがとうございます。呪いなど掛けていませんし早く店に帰していただきたいです」


私には大切な用事があるのですから。今頃向こうでこれ幸いと……じゃなかった。大騒ぎになっているはずですよ。


「嘘をつくな! キティは……キティは涙を流して俺に言ったんだ! お前の呪いが原因で教育を受けられないって!」


「あのお嬢さんがバカすぎて理解できないだけですよ殿下」


「なっ! お、お前、お前はやっぱり嫉妬しているんじゃないか! その侮辱万死に値する!」


「大体呪いって、具体的にどの魔法ですか? 私そっち系は苦手ですよ」


ぶっぱ系の魔法以外不得意なんですから私は。呪いなんて繊細なことできませんよ。


「静かになさい」


ピシャリと、空気を変える一言が響きます。


お妃様相変わらず圧ありますね。口を開き掛けた王様と唾飛ばしてわんわんやってた王子様が、渋々でも黙るんですから。


「カミラ、あなたは私が雇います。キャサリン・グリーンはバカすぎて妃の仕事が務まりません。陛下も我がバカ息子も全員ダメです。あなたと私で政務を回せばこの国は維持できるでしょう」


なぁにいってんすかねこの人。王様も王子様も口パクパクしてますけど。


「キャサリン様はお認めにならないのでは?」

「そ、そうです母上! キティはこの女のせいで」


「キャサリンはバカで悪知恵以外働かないので私から逃げているだけです。あれでは妃の仕事など務まりません。呪いだ何だと適当なことを言っているだけですよ。そのおかげであなたにカミラを連れ戻させることができたので良かったですが」


ははーん。私の居場所をバカ王子にチクったのはあなたですね? よく見つけられたもんです。


「ちっちがいます! キティは嘘などつきません! いくら母上といえ「女を見る目がないあなたの言うことなど信じません。黙りなさい」

「皇后陛下、私の魔法知識に掛けて申し上げるがキティは間違いなくこの魔女の「黙れと言ったのが聞こえませんでしたか」

「クソアネキが何もしてねぇって証拠が「あなたの家を潰していないのはカミラに継がせるためです黙りなさい」

「お、女の分際で出しゃばるんじゃない! 王である私を何と心得「私なしでは仕事の務まらない男」


男性陣全員お口が閉じなくなっちゃってる……かわいそう……

あっ、見てくださいお妃様! 今話題のキャサリン様が出番を失ってこっそり奥から顔を出してこちらを見ていますよ! 「私はカミラさんが謝って呪いを解いてくれればいいのに謝りもせず呪いも解いてくれないので処刑されちゃいます」みたいなことを言いたげですよ!


「あらいたのですねキャサリン。出る幕ではないから下がっていなさい」

「で、でもお義母様、私カミラさんにいじめられて……今も呪いで……」

「カミラに呪いを掛ける才能はありません。大抵のことは得意ですが魔法に関してははっきり不得意な分野のある子です。私が一番知っています」


ああ、さようならキャサリンさん。もう会うことはないでしょう。


「そういうわけですカミラ。私の元に戻りなさい」

「できませんよ皇后陛下」

「私が個人的に雇うと言っています。いずれ身分も回復させます」

「はぁ、でははっきり申し上げますね。私は――」


私の言葉を遮るようにして、突如爆音が響き渡りました。瓦礫で吹っ飛ばされないよう、私は咄嗟に魔法で防壁を張ります。この圧倒的な気配、まさかとは思いましたが、来てしまったようです。ドラゴンと騎士様が。


「迎えにきたぞカミラ」

「その、随分とお派手な登場ですねアーノルド様、ドラゴンさんも相変わらずお美しいようでなによりです」

「お前が攫われたと聞いて飛んできたのだ」


アーノルド・ホーキング様。私の新しい雇用主にして、帝国を支配するホーキング家の第三皇子。白銀の竜騎士の二つ名を持つ、勇猛果敢なお方です。


私より歳下でまだ成人したばかりですが、超強い竜騎士としてそこらの大人よりよほど多くの武勲を立ててらっしゃいます。

にしても、他国の王宮に単騎で突撃とは豪快ですね。


「な、ドラゴン!? 竜騎士か! くっ、帝国の敵襲だな!」

「うう、う裏切ったなカミラ! そいつと寝たんだな!」


「宣戦布告に来たぞバカ王とバカ王子よ。私はアーノルド。ホーキング。今回は皇帝の名代だ。我が国の貴族をよくもまぁ白昼堂々攫ってくれたものだな」


「なんのことだ! 私は我が国の裏切り者を連れて帰ってきただけで――」

「カミラ、カミラ・ヴァレンタイン『男爵』だ。我が国の貴族だよ」


はい。そういうことです。本当は誘拐されたあの日、叙勲式のために王宮まで行かなきゃいけなかったんですよ?


まぁ上手いこと戦争の口実に使えそうなんで黙って攫われちゃいましたけど。


アーノルド様、ちょうど国境にあるヴァレンタイン領欲しがってらっしゃいましたからね。私ったらずるい女!


「ぬ、な、し、知らん! ワシは何も知らんぞ! バカ息子が勝手にやったことだ! 戦争など知らん!」

「な、何を言っているんですか父上! キティの呪いを解くために私は!」


「言い訳は結構。私は宣戦布告に来た。本日をもって我が帝国と貴様らの王国は戦争状態に入った。貴様らが濡れ衣を着せて追い出したカミラ・ヴァレンタインの土地を奪還するためだ」


「ふざけるなよ! 何が帝国だ! ヴァレンタイン領はうちの土地だぞ! クソアネキのものじゃない!」

「この王国は例外なく男系のみの長子継承制と聞いたが我が帝国は違う。バカに継がせて有能な補佐をつけるなんてまどろっこしいことをしないためだ」

「答えになってねぇ! 上等だ! 今ここでお前をぶっ殺してやる!」


剣も持たずに我が愚弟がアーノルド様に殴りかかろうとします。いや無理ですよあなたそれは。剣があっても無理なのに素手とか。


あっドラゴンの尻尾で吹っ飛ばされた。死んでないといいですね。死んでいても構いませんけど。


「用が済んだので帰るぞカミラ」

「かしこまりました。それでは皆様さようなら」


「待ちなさい」


あら、お妃様。何か御用でしょうか。


「下手な脅しで誤魔化しても無駄です。戦争と言えば我々が黙って引くと思っていらっしゃるようですが」

「交渉のつもりか?」

「カミラは我が国の者です。誘拐しているのはそちらです」

「では結構。報復なり何なりするがいい」

「話を逸らさないでくださいな私は」

「口が臭いぞ老婆、加齢臭がする」


うわぁ。ただの暴言じゃないですか。お妃様めっちゃ怒ってますよ。あんな顔初めて見ました。


「ではさらばだ」

「あっ、そういうわけですので、さようなら」


自称呪われたキャサリン様と激怒するお妃様、それとオタオタしたりグッタリしている男性陣を置き去りにして、我々は帝国へと帰還するのでした。


「カミラ、もう喫茶店の店長は辞めろ」

「市井の声を聞くために私を雇ったのでしょう? お貴族様になったからと言って辞められませんよ」

「違う、将来の妻にするためだ。妃教育を受けていながら平民のことも理解しているような者は我が国のどこを探してもいない。幸いヴァレンタイン領は国境だ。取ればお前を合理的に辺境伯にできる」

「……ヴァレンタイン領が欲しいとおっしゃっていたのは、膨大な農作物を生み出すあの土地が欲しいからですよね?」

「違う。お前に箔を付けるためだ。農作物だの辺境防衛だのは口実だ」


あら、あらあら、あらあらあらまぁまぁまぁ。


情熱的なプロポーズを受けてしまいました。ちょっと顔が赤くなってしまいますね。



その後、漆黒の魔女と白銀の竜騎士に「侵略」されたヴァレンタイン領はますます栄え、長く帝国の食糧事情を支えたという。

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