第83話 これ……、手紙なの?
母が、男と出ていったと言うのは、交渉役の幼馴染のことだろう。
母は、例の数珠を遼太に渡して、こう言ったそうだ。
『これは、陽菜子を守ってくれる物です。陽菜子が望めば、これが力を発動させてくれるでしょう』
「発動?ってことは、この数珠はスイッチか何かの役割をしてたってこと?
じゃあ、その力の源ってどこにあったんだろう?」
私は、この数珠の力で、今までの不可思議な現象が起こせたと思っていたのに……。
「ねぇちゃん、これ。手紙」
遼ちゃんは、カバンの中から、白い和紙の紙束を出してきた。
それは、封紙を三つ折りにして、上下を折り返した折封と呼ばれる封の仕方で、よく時代劇やなんかで手紙をやり取りする際なんかに出てくる手紙を包む封の仕方だ。
“
「これ………手紙なの?」
戸惑った声で尋ねた私に、遼ちゃんは口端を歪めて、苦く笑いながら頷く。
「うん。紙に
ゴソゴソ封を開けてみると、和紙に筆で書かれている。
なんだか、読む前からハードルが高い。
正直、まだ母に対して悪いイメージがこびり付いていて、拭いきれていない私は、読むのが面倒くさくなってきた。
「陽菜子」
琉旺さんが、私の肩に手を乗せる。
眉間に皺が寄っていたであろう私は、琉旺さんの顔を見て、肩に置かれた手の温もりを感じて、体の力を抜いた。
折角、初めてもらった母からの手紙なのだから、読むだけ読んでみるか。
そう思えた。
『陽菜子 殿
ご無沙汰致しております。
貴女は、さぞかし私の事をお怒りでしょうね。
貴女が怒りを抱くであろうほどの事をした自覚はありますので、許して欲しいなどと言うつもりは毛頭ありません。
遼太さんから聞き及びかもしれませんが、人をやって影ながら貴女の成長を見守っておりました。
私に許されるのは、ひっそりと貴女が幸せになるのを見届けることだけだと思っており、こちらから接触することは一生ないと思っていたのです。
しかし、貴女が竜家の皇子とお付き合いしていると、どうも危険なことに巻き込まれそうになっていると知って、どうにもじっとしていられず、遼太さんにお願いすることに致しました。
これも、貴女と遼太さんが、姉弟として仲良くしてくれているおかげです。
貴女にも、遼太さんにも、大人の勝手な事情で辛い思いを強いたのに、有難いことと感謝しております。
遼太さんには、陽菜子の力を呼び覚まして、守ってくれるであろう数珠を渡しています。
その数珠には、琥珀を使った180の珠が使われています。
全てを足すと9になり、9は神様の数字です。
使われている琥珀は、我が
竜神様が、きっとお導きくださるはずです。
私の力を継いだ貴女には、どれほどかの大きな力が眠っているはずです。
しかし、神職としての修行を行っていない陽菜子には、残念ながら、その力を外に出す方法が分からないはず。
何の憂いもなく、平和な日々を過ごすならば、特にその力は必要ないと思っていましたが、竜家の皇子と共に生きる覚悟があるのならば、その力は貴女を助けてくれるでしょう。
陽菜子の信ずる道を、陽菜子の力で進んでください。
母は、母の考える正義を貫いて生きてきました。
貴女の望む正義ではなかったでしょうが、私は満足しております。
どうか陽菜子も、陽菜子の考える正義を貫いてください。
貴女の幸せを祈っております。
追伸 貴女のトカゲ好きは、血です。
貴女が竜家の皇子を好きなのは、必然ですよ。
え???
血?必然?乙姫?
手紙には、何やら色々書かれてあったけど、最後にぶっ込んできた情報で、全て飛んでしまった。
これって、好きなだけトカゲを愛でろってことかな?
鱗愛を、どこの中心だろうが、端っこだろうが、叫んでも構わないってこと?
いや、誰の許しがなくても、叫ぶけどね。
「ロンちゃん……、ロンちゃんは竜神様なの?」
「ふむ。そう呼ばれることもある。黄竜と呼ばれたりもしたな。
だが、我らの名前など、お主ら人間が好きにつけた名前だ。
我にしてみれば、竜神と呼ばれるのも、ロンちゃんと呼ばれるのも大差ないことよ」
ケージの中で、恐竜ちゃんと寄り添って寝そべっているロンちゃんに話しかける。
「ロンちゃんは、私を助けるために家に来てくれたの?」
「ひなこ、お主からは、良い匂いがするのだ。我は、その匂いが好きだ。
長い時間を生きていると、心が揺さぶられることに出会うことは少なくなった。
お主の匂いは、久々に我の心を揺さぶったのだ。
それにの、結果的には、お主を助けることになったが、我は番も見つけた。
お主と縁を結んだことは、我に良い結果をもたらしたぞ」
ロンちゃんは、口端を上げて笑うような表情をした後、クワッとあくびをすると、また目を瞑って寝そべってしまった。
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