第2話 血塗れオオトカゲ
私は、親戚の昭雄叔父さんがやっている動物病院に、アルバイトで雇ってもらっている。
忙しくて、まともにシフトに入れない獣医学生の私を雇ってくれているのは、単に叔父さんが、私を少しでも現場の空気に触れさせてやろうと思ってくれているからだ。
あとは、自分の兄に代わって贖罪する為か?
まだ、獣医師免許の取れていない私は、医療行為自体を行えない。
それでも、とても良い実地体験をさせてもらっている。
さらに付け加えるならば、このヒナ動物病院は、エキゾチックアニマルの診療も行っているから、爬虫類も結構くる。
私にとっては、ウハウハな職場なのだ。
絶対に、絶対にやめられない。
「………ッキャァーーーーー!!!」
その悲鳴は、夜8時を過ぎて、閉院作業をしているヒナ動物病院の中に響き渡った。
「どうした!」
「イケちゃん、何があったの?」
私は、奥に引っ込んで処置室の片付けをしていたが、この病院の院長である叔父さんと一緒に飛び出した。
「きゃあ❤︎」
そこにいたモノを見た途端、私の口からは、先ほど受付のイケちゃんの口から出た“キャー“とは別物の“きゃあ“が出た。
ヒナ動物病院の待合には、2メートル以上はあるであろうオオトカゲがいたのである。
トカゲ姫の私にとって、オオトカゲは大好物だ。
語尾に、ハートがついてしまっても仕方がないと、ご承知おき頂きたい。
「あら!このトカゲちゃん、腕を怪我してる。どうしましたか?」
オオトカゲの腕から血が流れているのを確認すると、飼い主 (であろう) 見上げるほど背の高い男性に問いかけた。
「傷口から血が止まらないんだ。止血だけでも良いから、処置してくれ」
オオトカゲは、見ただけでも結構な出血量で、既に失血が多いのか元気がない。
早く、処置しなければ危ないかもしれない。
私は、処置室から大量のガーゼを取ってきて傷口に押し当てる。
オオトカゲは、痛むのか、びくりと動く。
「失礼ですが、このトカゲの種類は?飼養許可は取っておいでですか?」
昭雄叔父さんが口を挟む。
「問題ない。兎に角、失血が多いんだ。止血を頼む。」
オオトカゲを運んできて、よほど重かったのか、ハーハーと肩で息をしている彼は、簡潔に答えた。
「他にも、内失血している恐れもあります。レントゲン等の必要な検査を行いますが構いませんか?」
いつもはあまり口うるさくない叔父さんだけど、見たこともないオオトカゲとあって慎重だ。
私は、一先ず止血の処置準備を行いつつ、麻酔の準備をする。
いつもならばトカゲなどの小さな動物は、ケースの中に入れて麻酔を行うが、オオトカゲはケースの中に入らないだろう。
準備が終わると、麻酔、抗生剤滴下、傷口の縫合と流れるように処置が進む。
昭雄叔父さんは、いつも眠そうな顔をしてまったりとしか動かないが、こう言う場合は驚くほど動きがスムーズだ。無事に縫合も終わって、レントゲンも撮った。
オオトカゲは、麻酔が効いて眠っている。
待合で待っていた飼い主の元に、向かった私は、初めてまともに飼い主を見た。
長い足を邪魔そうに組んで、いくつかのダウンライトを落とした、薄暗い待合いの長椅子に座って、青い顔でじっとしている男の人は、えらく美丈夫だった。
30代半ばくらいだろうか?
サイドを短く整えた黒い髪は、トップの前髪を上げて、知的そうな額を出していて、如何にも仕事ができそうだ。
しっかり筋肉のついた体躯に、しつらえの良さそうなダークカラーのスラックス、ウエストコートを身に纏っている。
ジャケットは、脱いで椅子の上に置いているが、オオトカゲを連れてきたときに、傷口をジャケットで押さえていたので、ジャケットは血まみれだ。
一応受付のイケちゃんが、ヒナ動物病院とデカデカとプリントされた、開院何周年だかの時に、作ったものの、余っている(ノスタルジックさがぷんぷん漂って、配ろうにも患者さんが欲しがらない)タオルを渡してはいるようだ。
しかし白いシャツにも、至る所に血がついて、あれを着ては帰れないだろう。
血まみれな彼は、イケメンだけど、スプラッタ臭が漂っていて、正直いって怖い。
受付で、今日の処理をしていたイケちゃんが、ソソソと寄ってきて、コソコソ小さな声で話す。
「ねぇ、姫、良い男よね。怪しいけど……」
彼に書いて貰ったのだろう。
受付カードをそっと渡された。
飼い主の名前は、
トカゲちゃんの名前は、シュウ。
住所はここから離れている。
なぜ、うちに来たんだろう?これだけ大きなトカゲなら、かかりつけの病院があるだろうに……。
「あの、シュウちゃん、今麻酔かかって寝てます。
もう血は止まって縫合も終わりましたよ。詳しいお話は先生が致しますので、少々お待ちくださいね。
それで、その汚れている洋服、着替えられた方がいいと思います。良ければ、これどうぞ。」
院内に置いている昭雄叔父さんのトレーナーを差し出した。
某大手量販店のフリーサイズの物だ。恐らく、着れるはず。
飼い主の竜凪さんは、ぼんやりと私の方を見ていたが、もう一度トレーナーを差し出すと、素直にそれを受け取った。
「奥のお部屋で、着替えて貰って大丈夫なので、こちらへどうぞ」
竜凪さんは、ぼんやりしたまま立ち上げり、ついてきた。
よほど、オオトカゲが怪我をしたのがショックだったのだろうか?
分かる。
愛するトカゲちゃんが、あんなに血が出ていたら、私だってショックだもん。
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