トカゲ姫と恐竜王子 〜襖に 頭突っ込みそうなほど、愛しいです〜

静寂

第1章 トカゲ姫 好みのトカゲと出会う

第1話 プロローグ

「はぁ〜…………」

 窓の外に流れる、ビルの明かりを眺めながら、俺、竜凪りゅうなぎ 琉旺るおうは深い深いため息をつく。

 時刻は、深夜12時を回ろうとしている。仕事の会食があったため、家路に着くのがこの時間になってしまった。


「ルゥさま、大丈夫ですか?お疲れなら、目を閉じていたら如何ですか?」

 車の運転をしてくれているシュウが、声をかけてくる。

「うん……。ちょっと、疲れた。

 あの女、臭すぎて、鼻がおかしくなるかと思った……」

 体質的に、鼻がとてもよく利く俺は、今日の会食相手の中にいた女がつけていた、香水の匂いに吐き気を催していた。


 俺は、エネルギー・資源を取り扱う、大手企業のCEOだ。

 187センチの身長に、切長の目元、高い鼻、鋭角な顎のラインは、ビジネスの相手に、時に冷酷な印象を与えている。

 勿論、狙ってしているのだ。優しい印象を与える必要などない。

 しかし、世の女性達は、その冷たそうなところも、たまらないと寄ってくる。


 今日も、そんな1人が、会食の間中、ずっと俺の隣に張り付いて離れなかった。

 おかげで、食べ物の匂いは、全て彼女の香水の匂いに置き換えられた。

 更に、彼女の甘ったるい声が、ピーピー、ピーピー耳元で聞こえたため、途中から、何を食べているのか、何を話しているのか分からなくなってしまった。

 シュウが、上手い事その女をあしらってくれた為、どうにか会食が終わったと同時に帰ることが出来たが、下手すると、この車に乗り込んでくる勢いだった。

 

 人間という種族として、少しでも優秀な種を残そうという、行動に出る気持ちは分かる。

 しかし、どの動物も、無理矢理に種を残す行為には及べないのだ。

 そこまで考えて、俺は種を残せないかもしれないなと、ふと思う。俺には、種を残したいと思うような相手が見つかると思えない。

 目を閉じた俺は、また深く深くため息をついた。

 



***


「はぁ〜ん❤︎……見て見て、遼ちゃん。

 このアンチエタヒラタカナヘビの可愛さよ……」


 私は、PC画面で教授に提出するための動画を見ながら、桃色のため息をつく。


 地域の子供達向けの講習に、講師として招かれた教授が、使うための動画を編集しているのだ。

 子供達に、このトカゲちゃんの可愛さが伝わるように、愛を込めまくって編集している。


「彼らは、時に70℃に達するナビブ砂漠の砂の上で、暑さを凌いで体温調節をするために、左足と右足を交互にあげてダンスのような仕草をするんだよ。

 日中に、昆虫などを食べるために、砂の上に出てきて砂の上を一生懸命走るわけ。

 前足を上げて、後ろ足で砂を蹴りながら走るこの姿なんて、まるで6600万年前に滅んでしまった恐竜を彷彿とさせると思わない?

 

 この一生懸命な姿を見ると、胸がキュンキュンするんだよね……。

 かっこいい……かっこいいよね?てか、もう尊いわ!」

 

 興奮して喋りまくる私に、遼太は転がったソファの上からチラリと視線を向けると、

「ネェちゃん、きもい」

と、一言で片付けた。




 私、雛形ひながた 陽菜子ひなこは、近くの大学の獣医学科に通う六年生、自他共に認める爬虫類オタクだ。

 あだ名は、トカゲ姫。

 爬虫類の中でも、特にトカゲが好きな私に付けられた二つ名だ!


「遼ちゃん、お姉ちゃんと一緒にいるのが嫌なら、出ていって貰っても良いのよ?」

 愛するアンチエタヒラタカナヘビとのひとときを、きもいの一言で片付けられた私は、弟の遼太りょうたに言い放つ。

「ごめん……、ネェちゃん。許して」


 少し茶色の癖のある髪の毛を、長めに伸ばしている遼ちゃんは、前髪から覗く黒く丸い瞳をウルウルさせながら、上目遣いで私を見る。


 小さな顔に、小ぶりの唇。

 可愛い顔立ちをした3つ年下のこの弟は、中学の頃から雑誌の読モをしているためか、自分をどう見せれば一番効果的か分かっている、セルフプロデュースの達人だ。


「〜〜〜……クゥ〜……遼ちゃん、卑怯だよ」

 結局、すんなり許してしまった……。




  異母弟の遼ちゃんとは、彼のお母さんが亡くなってから、ずっと一緒におばあちゃんに育てられて、この家で暮らしてきた。

 おばあちゃんは、数年前に亡くなっちゃったけど、私は今もおばあちゃんが残してくれた、古い家に住んでいる。

 当然、遼ちゃんだって、ずっと一緒に暮らすもんだと思っていた。

 

 なのに、大学に入ったら、遼ちゃんはさっさと出て行ってしまった。

 以来この3年間、彼女や、彼を庇護してくれるような人たちのところに転がり込んで、寝床を点々と変える生活を送っている。

 私としては、家に帰ってきて欲しいのに、なかなか首を縦に振ってくれない。

 まぁ、彼女に振られたり、転がり込んでるお家に居づらくなったら、こうして度々帰ってくるんだけど……。

 お姉ちゃんは、この古くて、雨漏りして、庭の草むしりも大変で……だけど、愛するこの家から、遼ちゃんをお婿に出すんだと思っていたのに……。





「ところで、さっきから何のプログラム組んでるの?」

 遼ちゃんは、さっきからPCの画面に齧り付いて、キーボードをダカダカ叩きまくっている。

 何だか、黒いオーラが漂って見えるのだ。

 

 出来上がったデータをPCからUSBに移し替えると、USBメモリーをかざす。

「これ?ふふふふふ……。爆弾だよ。

 俺のことバカにして、SNSにない事、ない事書き込んだ奴のパソに入れてやるのさ!」

 

 笑いが、黒い……。

 整った顔をしているだけに、こんなふうに笑うと余計に怖いわ。

 遼ちゃんは、目立つからか、それとも日頃の行いが悪いのか(恐らく両方だろう)、たまに恨みを買ってしまう。

 大人しくしておけば、エスカレートすることもないのかもしれない。

 けれど、彼はさっさと相手に喧嘩を売ってしまうのだ。


「あの、遼ちゃん。聞いても良いですか?それをPCに入れると、どうなるんですか?」

「聞いちゃう?良いよ。ネェちゃんだから、特別に教えちゃう。

 これを入れると、PCにソフトがインストールされるの。

 で、そのソフトが走り始めると、まず、データーが吹っ飛びます。

 次に、ハードの各チップに負荷がどんどんかかって、チップがクラッシュする。

 つまり、もうそのパソは使えなくなるってわけ」


「えぇ〜、それって犯罪ですよね?」

 青い顔をして質問する私に、さらに悪い顔でニヤリと笑う。

「あいつ、バックアップも取らずに、あのPCだけで作業してるから結構堪えると思うんだよねぇ」


 遼ちゃんが、ヒラヒラしているUSBメモリーをパッと奪う。

 割とぼんやり気味な私だけど、小さいトカゲちゃん達は、怖がりなのでたまに、攻撃してくる。

 それを上手いこと交わしていたら、反射神経が良くなった。トカゲ愛の賜物だ。


「あ!ねぇちゃん、返せよ」

「だめ!遼ちゃんの事、悪く言うその子のことは、許せないけど、犯罪はダメです!

 これを使うならお姉ちゃんは、遼ちゃんと口聞かないよ?」


 そういった私に、遼ちゃんは眉尻を下げて、困ったような顔をして見せる。

 あざとい……。

 また、上手い事丸め込もうとしているのを感じた私は、心を鬼にして遼ちゃんを睨みつけた。


「……分かったよ。犯罪は犯しません。でも、腹立つから、ジュースに下剤仕込んでやる」

「良かった……。

 お姉ちゃんが、その子には脱皮が途中でできなくなって、脱皮不全になる呪いをかけておいてあげる!」

 

 黒いオーラを少し引っ込めて、“はぁ〜“と長いため息をついた遼ちゃんは、

「ねぇちゃん……人間は、脱皮しないんだよ」

と、ボソリと呟いたけど、USBメモリーのことは諦めたようだ。

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