参組男子会~夏の陣~ Ⅰ
今は何時だろうか。それを気にせずに眠っていられるということが幸せだ。これこそが夏休みの醍醐味である。スマートフォンもこの休みに感謝していることだろう。起きない主人に対するアラームとスヌーズの生活から解放されるのだから。
布団の中で、起き上がろうとする気力とまだ寝ようとする怠惰との争いを悪戯に長引かせていたが、ごろごろとしているうちに時計が目に入った。十時半か。
今日は昼から予定がある。といっても珍しく塚瀬さんと会う訳ではない。相手はクラスの男子達である。
武田君主導で企画され
なぜとは言わないが心にゆとりのあった僕は、渋々参加に賛同した次第だ。
そして今日が、そのクラス男子会の開催日である。事前に武田君が参加者を中心としたメッセージグループを作成し、会のタイトルが『
昨日の時点で連絡があり、安藤が開催三十分前にうちに来ることになっている。ということは、あと一時間ばかりでうちのチャイムが鳴らされるということだ。
やれやれ、では準備でもしようか。僕はやおら動き出した。
リビングへ降りると、珍しく妹の
僕の存在に気が付きながらも、横向きにしたスマートフォンを懸命にいじっている。どうせ、ゲームでもしているのだろう。
僕は環境意識を発揮し、無駄に情報を垂れ流しているテレビの電源を切る。すると藍がようやく反応を見せた。
「兄ちゃんやめてよ、ニュース聞いてたのに」
「映像の無駄はやめろ」
「いいじゃん、休みの日くらい」
「お前の休みとテレビとは関係ない」
口を尖らせながらも、目はスマートフォンに向けたままである。全く態度がなっていない。親の顔が……って、僕の親の顔だ。
僕が冷蔵庫にもたれて麦茶のグラスを傾けていると、ひと段落ついたのか、藍はスマートフォンをソファーに投げ出した。そしてようやく僕と目が合う。
「あ、そうそう兄ちゃんに訊きたかったんだけど」
「なんだよ」
「彼女いるっしょ?」
僕は思わず麦茶を吐き出しそうになる。勢いよくグラスから口を離した僕を見て、藍は我が意を得たりと目を細める。
「なんで藍がそんなこと知ってんだよ」
「なかなか美人みたいで」
「おま……誰から聞いた!?」
「自分で見たの。あ・た・し・が」
不覚だ。藍の存在に気が付かないとは。確かに久川中央駅などは地元民なら誰でも通る可能性がある。図書館もまた然りだ。
すっかり僕にマウントをとったような気分なのだろう、藍は勝ち誇ったような顔で尚も口を開く。
「あ、もうひとつ訊きたいことがあるの」
「……なんだよ」
「兄ちゃんの高校さ、去年定員割れしたって本当?」
「は? そんな訳ないだろ」
これには僕もはっきりと答えられる。我が県立
『
「むしろ三倍くらいだったはずだぞ」
「うえッ! じゃあ書くのやめよ」
「書くって何にだよ? お前まだ中二だろう」
「アンケートがあるの。『現時点での志望校』ってやつ。アンケートとは言ってもね、それを指標にして学習指導されるって噂だからさ、ハードルを下げておきたかったの」
「……ああ! 懐かしい。あったなそんなの。どの道、お前に久丘は無理だから書くのはやめておけ」
僕が埃を払うように手を振ると、藍はジトっとした目を向ける。
「進学校でもないくせに、エラそうに……」
「じゃあ入ってみろ、その心許ない学力で。高三の先輩として迎えてやるから」
「……分かった、彼女の事、ママにも言ってやるから!」
「おい!? 腹いせに面倒なことするな!!!」
言い捨てた藍はべえと舌を出し、そのままうつ伏せになって視線を逸らす。
別に母さんに言われても構わないのだが、質問攻めや写真の提示要求など好奇の目に晒されるのは御免だ。母さんは芸能人の色恋沙汰ですら大好きなのだから、自分の息子とあっては……想像するのも怖い。
藍に冷えた麦茶を差し出したりなど、屈辱的ではあるが何とか媚びへつらって口を封じた。時計は十一時。やば、そろそろ本格的に準備しなくては。
頭髪と服装を決めたところでチャイムが鳴り、すぐに玄関から藍の嬉々とした声が聞こえて来る。どうやら安藤が来たらしい。
「お兄ちゃーん! 安藤君来たよー!」
何がお兄ちゃんだ。安藤風情にも余所行きの
僕は適当な返事をしながら、玄関の方へと向かって行った。
*****
僕と安藤は、自転車を並べて久川中央駅へとひた走る。待ち合わせまで時間に余裕があるものの、不慣れな場所へと向かう緊張感からか、ペダルを踏みこむ足に力が入っている。
「……参加してくれて、ありがとな」
安藤が眉を八の字に歪めながら顔を向ける。
「別にいいよ」
「そうか」
そしてまた無言で走る。塚瀬さんのおかげと言っても良いのか分からないが、最近僕は沈黙を嫌わなくなった。しかし安藤はそうでないらしく、探し当てるかのように言葉を紡ぎ出した。
「あの、葉山さ、クラスの誰かと連絡先交換とかしてる?」
「連絡先ねえ……」
塚瀬さんとはしたな。そしてクラスメイトでもあるよな。どうしたものか。
でも今のこの状況を鑑みれば、これは男子を対象とした事だろう。
そういう意味では、
「誰ともしてないよ」
これでいいはずだ。
安藤はホッとしたような表情を浮かべる。良い性格をしている。
「安藤は? 誰かと交換したんでしょ?」
「なんで分かる」
「そりゃあ今回の連絡が回って来たんだから、誰か知ってるでしょ」
「なるほど、それもそうか」
「んで、誰と交換したの?」
「
なるほど、何となく読めた。安藤は
安藤のような慎ましい男が、僕に無理を言うのはおかしいと思った。要するに参加したいというのは、安藤の意思ではなかったという訳だ。
「木田君に、絶対来いって言われた?」
「……お前、最近更に勘が鋭くなったか?」
はい、塚瀬さんに鍛えられています。とは言えない。
木田君の性格、安藤の性格を踏まえて推測すればそう難しくないことだ。
程なくして、前方に駅が見えてきた。駅までは行かず、手前で県道を左に折れたところにあるファミリーレストラン<
とは言っても、高校生男子が集まるにしては少し落ち着いた雰囲気なので、なぜ武田君ともあろう陽気な人物が<五十貝>をチョイスしたのかは甚だ疑問ではある。どちらかといえば、父母会などの方が適した場所である。
僕達が到着し、駐輪場に乗り付けると、既にたくさんの自転車が占拠していた。間違いなく参組男子会の参加者によるものだろう。後々のクレームなどに発展しないよう、なるべく詰めて整然と駐車しておく。
そして重めのガラス扉を引いて入店すると、快活な女性が出迎える。年のころで言えばうちの母さんと同じようなものだろうか。
「いらっしゃい! あれ、アンタ達も参組男子会!?」
「え? はい、そうです」
「やっぱり! おーい瀬那、また友達来たよ!」
店員が後ろを向いて叫んだ先から、武田君がひょっこり姿を現した。
「おーう葉山ちゃんに安藤君じゃない! こっちこっち! かーちゃん、お冷二つ追加ね!」
「いちいち面倒だね、自分で取りな!」
「えー」
今の会話から考えて、この店員は武田君の母親のようである。この親にしてこの子ありとはよく言ったもので、何と言うかすごく自然だ。
武田君に促されるままに座敷席へと進むと、既に十名程度のクラスメイトが席についていた。驚いたのは、通常参加しそうもない大人しい生徒までもが、身を小さくしながらも座っていることである。まあ僕も人のことは言えないけれど。
それもこれも武田君の人脈か、または中央に陣取る木田君の圧力の賜物なのだろう。僕と安藤は、どうもと軽く挨拶しながら空いてる席に着いた。
「おう葉山! 今日はお前に訊きたいことがあるからな!」
威勢よく、豪快な笑顔で木田君が僕にそう発した。心なしか安藤が我が事のように身を震わせた気がする。怖がり過ぎだろう。
「あ、そうなんだ……なんだろう?」
「そりゃお前、みんな揃ってからのお楽しみよ!」
ああ、面倒だな。やっぱり参加しなきゃよかったかな。
今日は人に訊かれることが多い日のようだ。
―― Ⅱへつづく ――
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