宛ての不明なラブレター Ⅱ
教室では中休み開始の鐘が鳴り響いていた。
一限目も二限目も、何となく授業に身が入らなかった。
朝の一件の後、僕は
「今日一日、考えさせてほしい」
考えるなどと言うのは、我ながらいけ好かない回答だった。お前はどこのイケメンなんだよ、と自分でも思う。
だから敢えて、リミットを切った。今日一日で、自分として後悔のない選択と、塚瀬さんにとって納得のいく回答を用意するためだ。
じゃあ考察しよう。僕にとって何が引っかかっている?
そう、『僕じゃなきゃいけない理由がない』これに尽きる。
強いて言えば――小さい男と思われるかも知れないが――手紙が四番目なのも気がかりだ。四番で嬉しいのなんて、野球の打順くらいだろう。ラブレターで言う四番手は野球で例えれば下位打線以下の控えメンバーだ。
だからこの四番手についても理由が分かれば解き明かしたいところである。
だいたい、おかしいと思ったんだ。僕と塚瀬さんの接点なんて同じクラスということ以外にないのだから。
たったの一度、この席という地の利を活かして会話したことがあるくらいじゃないか。これは別に、僕と塚瀬さんの席が近い訳ではない。むしろ席は遠い。
地の利とは、僕の席が持ってしまった、とある特色の事を言う。
僕の席は廊下側の前から三番目。丁度教室内の掲示場の真下に位置する。
掲示場とは要するに押しピンが止めやすくなっている一帯の事を指し、重要な掲示物というよりは、一段落ちるようなものを貼る場所となっている。
……そうだな、例えばこの間は『傘忘れ増加中、注意せよ!』とかいう美術部が書いたチープなポスターが貼り出された。重要な書面については、黒板の横の掲示板に貼られる。
そして僕の頭上の掲示場は、そのまま見るにはやや高いくらいの位置にあるため、しっかり押しピンの抜き差しをしようとするならば、椅子に立って作業する必要がある。少なくとも、ごく平均的な僕の身長ではそうだ。
入学早々に日直となり、哀れなことに掲示を頼まれた女子に、僕は手を差し伸べた。貼っとくからいいよ、という具合に。それがいけなかった。
それからというもの、「掲示場に貼るものは、その下の葉山とかいう人が貼ってくれる」という謎のルールが出来上がってしまい、暗黙の
塚瀬さんもその依頼主の一人だった。
もっとも、塚瀬さんはあの調子だから「貼ってくれ」なんて言わなかったけれど。
要するに、接点がない僕にラブレターが飛んできたということには、何らかの理由があるのだと思う。その法則性を考えるためには、これしかない。
他のラブレター受取人を見つけることだ。
そしてこれには一人、心当たりがある。
つい先日ラブレターを貰って「どうしたらいいと思う!?」と騒いでいる生徒がいたのだ。この言動から察するに、この相手は塚瀬さんである可能性が高い。
まずラブレターを貰ったことに対して、騒ぎ立てることが不自然である。渡した相手は少なくとも学内、そう遠くない場所にいるはずだ。騒ぎ立てるのはデリカシーが無いと言わざるを得ない。
それに、人に意見を求めるのもおかしいと思う。お前の気持ち次第だろうが、で終わる話だし、正直聞かれた方は不快だろう。
そしてこの二つを平然と行うような奴であれば、ラブレターなんか貰えるようなタイプではないのではないか。
つまり騒いでいた人物が受け取ったものは、意図不明のラブレターであったということになる。
僕はその受取人と思しき、
「木田君、ちょっといいかな」
「おう、
木田君はワイシャツを二の腕のあたりまでまくり上げた状態で、腕を組んでいた。その筋肉質が際立ち、骨ばった色黒の顔つきも相まって、何とも男らしい。
室内飼育された系の色白優男の僕とは対極と言っていい。つまり共通点はない。
「この間さ、ラブレターを貰ったって騒いでいたけど、あれどうしたの?」
「あぁ……あれか、お前にも話したんだっけ?」
木田君は眉間に皺を寄せた。
彼は割とオープンな性格なので、直接僕に話していないことを、あまり気にしていないらしく助かる。木田君は仏頂面のまま口を開く。
「イタズラだろ、どうせ。だいたい、差出人不明じゃあ答えようもないしな。
ネタバラシのないイタズラなんて、趣味わりーよな」
あ、やっぱり塚瀬さんだ。
僕が適当な相槌を打っていると、木田君は続けて興味深いことを言い出す。
「しかもな、その二日後には
「へぇ、武田君にも?」
「おお、武田の奴、俺が手紙もらった時はケタケタ笑ってたくせによ、自分にも来て焦ってやんの。いい気味だったぜ」
「そうなんだ、変な話だね」
「まったくだ……でも何で今更そんなこと聞くんだ? まさか、お前にも……」
僕は苦笑いして、頬を掻いて見せた。
すると何を察してくれたか分からないが、木田君は僕の肩に手を乗せて、まるで
「ま、気にするなよ。イタズラでも、一瞬いい夢みれたろ?
俺はそう割り切ったぜ……」
「あ、ありがとう」
僕は木田君に再度礼を言い、その場を離れる。
有力な情報を得た。なんと三人目も判明したのだ。武田君である。
僕はその足で武田君へと歩み寄る。
「武田君、ちょっといい?」
「おお掲示係の葉山ちゃん、何か用かい?」
独特の鼻にかかったような声と、軽妙な口調は相変わらずだ。
ただ、僕は掲示係ではないけれど。
「木田君に聞いたんだけど、変なラブレター、武田君にも来たんでしょ?」
「あぁ……なんかあったねぇ」
武田君は、根元まで茶色に染まった頭髪をうざったそうにかき上げながら、気のない返事をした。切ればいいのに。
しかし木田君と違ってどんどん話してくれるような雰囲気でもなさそうだ。これはこちらからも情報を与えないといけないらしい。
「実は僕にも来たんだよ、差出人不明のラブレター。武田君のもおんなじ内容だったのかなって思ってさ……」
途端に興味を持った様子で、こちらに目を向ける。
「あ、マジで、葉山ちゃんにも!? あらら、これで三人目だねえ。
言い出せなかったシャイな女子が後から直に告白……なんて期待も、なさそうね」
冗談なのか本気なのか、武田君は両
もう少し情報を聞き出すべく、話に乗ってみる。
「やっぱりイタズラなのかな?」
「だろうねー。どうせテキトーなロッカーにポンポンポン! っと入れてんだろう、迷惑なこったね。葉山ちゃんもご苦労さん」
「本当、迷惑だね。教えてくれてありがとう」
「ほいよ。あ、葉山ちゃん、今度木田も誘って残念会でもしよー!」
「ははは、そうだね」
僕は行くつもりの毛頭ない会へ愛想笑いを残すと、その場を後にした。
なんか疲れた。だが収穫はあった。
二人からの事情聴取から、僕には二つの推論が浮かんだ。その確証を得るために、僕は下駄箱へと向かった。中休みは残り少ない。少し小走りで向かう。
下駄箱の前までやって来た僕は、その最上段に目を遣る。右から順に、僕(葉山)、隣に武田、その隣に木田と名前が掲げられている。
この靴用ロッカーは左上から右下にかけて名前順に割り振られている。
つまり、一番左の列は
思えば塚瀬さんの仕掛けたヒントとして、身長が絡む要素があった。だからなのか、無作為ではなく、手紙の貰い主がロッカーの最上段に集中している。
これは偶然ではないだろう。
その裏付けともう一つの推論を実証すべく、安藤の席へと走る。
恐らく声を掛けるのは中休みぎりぎりになるだろうが、安藤ならば良い。
「……はぁはぁ、安藤、ちょっといいかな……」
「おう葉山、そんなに息切らしてどうした?」
「安藤さ、最近、ラブレター、貰わなかった?」
運動不足が深刻であることを物語るように、細かく呼吸を挟んで問いかける。
安藤は訝し気な表情で僕を見ると、耳元に口を寄せた。
「……何で知ってんだよ……?」
ビンゴだ。
安藤は小学校以来の友人で、慎ましい男であることを知っていた。
だから手紙を貰い、それがイタズラであると推測されても、誰にも言わなそうな気がしていたのだ。僕は疑心に満ちた表情の安藤に答える。
「その手紙、僕にも来たから。そして武田君にも、木田君にも」
「ほう……それで何で、俺のところに来るんだよ」
「全員下駄箱ロッカーが最上段だから、安藤もかなと思った」
安藤は呆れたような表情で笑った。
「……葉山、昔からそういう謎解きみたいなの好きだよな」
「そうかな、そんなことないけど」
「まあいいさ、確かに一週間以上前だが、俺のところにも来たぞ。宛先も差出人も不明な、ぬか喜びのラブレターがな」
「……そうか」
僕はこの瞬間、二つ目の推論の確証も得たことになる。
しかしその理由が分からなかった。
その時、中休みの終了を告げる鐘が鳴り始めたので、僕は安藤に軽く手を上げて礼を伝えると、自席へと戻って行った。
次の数学の時間、黒板に書き出された方程式とは全く違う内容で、僕は頭をフル回転させていた。
理由を考えていたからだ。「宛ての不明なラブレター」が三通あったこと。そして、「宛てが葉山のラブレター」が一通あったことの理由をだ。
塚瀬さん曰く、ラブレターを出したのは僕で四人目だ。つまり数は合った。
しかしその相手の誰もが、自分宛であったと明言しなかった。
「本当に俺に出したのかも疑わしいぜ」
「どうせテキトーなロッカーにポンポンポン! っと入れてんだろう」
「宛先も差出人も不明な、ぬか喜びのラブレターがな」
これらの発言は、〇〇君へと明記されていれば口から出なかっただろう。
しかし僕の手紙にはしっかりと「葉山君へ」と記載されていた。
この「宛先が僕だけに書かれた」という推論の確証を得てから、頭の中がぐちゃぐちゃだ。この事実をどう捉えるべきなのか。その解釈に悩んでいる。
もしかしたら、自分は特別視されたのかも知れない――。
そんな思いが頭をかすめるたびに、足をバタバタさせたくなる。
何だろう、この感じ。
もう、いてもたってもいられない。
塚瀬さんに、直接訊いてみるしかない。
僕は昼休みに、塚瀬さんを呼び出す決意を固めた。
ノートを取っていたシャーペンの芯が、パキンと折れた。
―――Ⅲへ つづく―――
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