第24話 猫人、再会する

 「銀の鷲アクィラダルジェント」が冒険者ギルドの職員によって連行され、同時にノールチェ鎮圧が冒険者ギルドに緊急クエストとして登録されて、その二日後。

 そのままヴィルガ村に滞在していた俺たちは、村の宿屋でリラックスも出来ないままに漫然と過ごしていた。

 そろそろ近隣の魔物の討伐でもやりに行こうか、と考えたところで、滞在している部屋の扉をノックする音がした。


「失礼いたします、お客様」

「ん?」


 一緒に、宿の職員の声もした。アンベルが人化転身して扉を開けると、やはりそこにはここ数日顔を合わせている、宿の女性職員が立っていた。


「宿の方か。何か?」

「それが、帝国の冒険者ギルドの方が、お客様にお話をしたい、と来られていて……ロビーで、お待ちです」


 少しだけ困ったような表情をしながら、職員がアンベルに用件を告げる。

 その内容に目を見開いて、揃って人化転身する俺たちだ。こんな宿屋のロビーにわざわざ、ギルドの人間がやってくるとは相当だ。俺たちに直接用事がなければ、そんなことはしない。

 部屋を出て、階段を降りながら言葉を交わし合う俺たちだ。


「本部の人間が、俺たちに用事?」

「大方、ノールチェ殿の一件だろう。既に緊急クエストは発令されているからね」


 俺が首を傾げると、ヒューホが小さく肩をすくめながら返した。確かにこの状況、その案件以外に要件があるとも思えない。

 ともあれ、宿のロビーに立ち入ると、ソファーに腰を下ろしていた一人の老人がいた。肩には帝国冒険者ギルドの紋章が描かれている。間違いなく彼が、「ギルドの方」だ。

 彼に歩み寄って、アンベルが姿勢を正す。


「失礼いたします。『眠る蓮華ロートドルミーレ』の四名、現着しました」

「ご足労いただきありがとうございます。帝国冒険者ギルドの本部長ギルドマスター代行、セルジオ・ボスキです」


 アンベルの言葉に、セルジオがソファーから立ち上がって頭を下げた。

 そしてセルジオの肩書きに、俺たちは目を見開く。冒険者ギルド本部のギルドマスター代行。実質的にアンブロシーニ帝国の冒険者ギルドのトップだ。

 アンベルも片方のまゆを持ち上げながら、セルジオに問いを投げる。


「マスター代行ほどの高位の方がわざわざ直接お見えになるということは、やはり案件は、あれで?」

「仰る通り、『颶風帝ぐふうてい鎮圧ちんあつの件についてです」


 アンベルの言葉にセルジオがすぐにうなずいた。

 ノールチェ鎮圧の緊急クエストは、「『颶風帝』鎮圧」という文言で発令されている。既にランクの高い冒険者を対象にして、国内のギルドや出張所に掲示されているはずだ。

 セルジオが胸に手を置きながら話す。


「当該クエストには既に数多くの冒険者が名乗りを上げており、明日にもこのヴィルガ村に集結するでしょう。つきましては、『眠る蓮華ロートドルミーレ』の皆さんにも是非とも、大規模戦闘レイド参加をお願いしたい」


 その言葉に、今度はアンベルが小さく目を見開いた。それだけではない、エルセもヒューホも意外そうな表情をしている。


「我々に、お力添えすることがかなうと仰る?」

「もちろんです」


 アンベルが問いかけると、セルジオが即答した。予想していた以上の即答である。

 エルセが不思議そうに首を傾げながら、セルジオに問いかける。


「いいの? あたしたち、よりにもよってギュードリン自治区のパーティーだけど」

「いかに緊急事態と言えど、相手は神獣だ。僕たちのような魔物で構成されるパーティーが関わっては、そちらの沽券こけんにも関わるのでは?」


 ヒューホも腕を組みながら彼に問いを投げた。

 パーティーメンバー全員が魔物で構成されたパーティーというのは、ギュードリン自治区所属のパーティーを中心に、それなりの数がある。しかし冒険者として扱われこそするが、魔物は魔物。冒険者ギルドの側にも魔物のパーティーに力を借りて、今回のような大規模な緊急クエストを収めることに、いい顔をしない者はいるのだ。

 ましてやギュードリン自治区は、元魔王や元後虎院ごこいんがトップに居る地域。そこの魔物が神獣鎮圧に関わるとなると、アンブロシーニ帝国の冒険者ギルドの面目は、なかなか保てないだろう。

 しかし、セルジオはゆるゆると首を振りながら答えた。


「ご心配なさるお気持ちは分かります。一般の魔物ならいざ知らず、魔物の力を以て神獣の騒動を収めることを、冒険者ギルドが主導するようなことがあっては所属する冒険者の士気に関わる」


 そこまで話して、一旦言葉を区切るセルジオだ。そのタイミングでアンベルもヒューホもこくりとうなずく。

 俺たちの表情を確認して、セルジオが両手を握り合わせた。


「しかしこれはまさしく緊急事態です。加えて『眠る蓮華ロートドルミーレ』は『銀の鷲アクィラダルジェント』の命を救った事実がある。今更、関わり合いになるなとは言えません」


 彼の言葉に、俺はぺろりと舌をなめずった。

 そう、そもそもと言えば「銀の鷲アクィラダルジェント」があんな愚かなことをしなければ、こんなクエストも出なかったのだ。そしてその「銀の鷲アクィラダルジェント」を、二人だけとはいえ俺たちは救っている。ノールチェとも対面している。

 後頭部で手を組みながら、俺は言葉をこぼした。


「まあ、そうだよな。ここまで関わり合いになって排除されるのも、いい気分じゃない」


 その言葉に、エルセとヒューホが同時にうなずいた。彼らとしても、既に関わり合いになっているこの状況で、排除されるのはどうかと思っていたのだろう。

 アンベルが俺たちの言葉を受けて、深く頭を下げた。


「そうだな。我々は既に引き返せる位置にはいない。謹んでそのクエスト、お受けさせていただく」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 顔を上げて手を差し出したアンベルに、セルジオが握手で返す。こうして、俺たちは「颶風帝ぐふうてい」鎮圧の緊急クエストに参加する形となった。

 話がまとまって、クエストの詳細を詰め始めよう、というところで。宿の扉が開いて冒険者ギルドの職員がこちらに歩み寄ってくる。


「セルジオ様、お話し中失礼します。『青き旋風ヴォルティチェブルー』の皆様がご到着なされました」

「おお、さすが早いですね」


 名前を出されたパーティーの名前に、俺が大きく目を見開いた。

 「青き旋風ヴォルティチェブルー」。アンブロシーニ帝国冒険者ギルドに所属するSランクパーティーで、アンブロシーニ帝国の勇者ヴァラーがリーダーを務める、世界でもその名を知られた集団だ。


「え……『青き旋風ヴォルティチェブルー』って、勇者パーティー?」

「やはりおいでか。この国の中で発生した緊急クエストだからな。真っ先に参加要請が行くだろう」


 俺が驚きの声を発すると、アンベルが納得したように腕を組んで言った。

 勇者パーティー。俺は初めて目にする。その存在はもちろん知っていたが、今までは本当に雲の上の存在だったのだ。

 その勇者たちが、開かれた宿の扉から中に入ってくる。


「そら、来たよ」


 ヒューホが面白そうな表情をしながら扉の方に目をやる。

 そうして入ってきたのは、ふさふさとした耳と長い尻尾を備えた半人間メッゾの少年だ。彼こそが勇者、「青雲せいうんの勇者」ことイヴァーノ・ディ・ビアージョである。

 そのイヴァーノの後ろからやって来るパーティーメンバーも、半分以上が半人間メッゾだ。イヴァーノのパーティーはリーダーがそうであることも手伝って、優秀な半人間メッゾがいれば積極的に仲間にしている、と聞いたことがある。

 と、入ってくる五人の最後尾、背の低い栗色の髪の斥候スカウトの少女を見て、俺は思わず声を上げた。


「えっ?」

「え……」


 その最後尾にいた人物も、俺の顔を見て驚きの声を上げる。

 その髪色、その顔立ち、その服装。間違いなかった。ついこの間まで俺の隣りにいた彼女・・だ。

 そして俺と彼女は、同時に驚きを露わにしながら相手の名前を呼ぶのだった。


「ビト!?」

「マヤ!?」

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